翌朝、几帳の向こうから寝ぼけまなこで起き上がってきた星矢は、瞬が その裸体を 氷河が身に着けていた袍で覆い、氷河が(うちぎ)だけの姿でいるのを見て、即座にすべてを察したらしく、顔を真っ赤にして氷河を怒鳴りつけてきた。
「会ったその日に! しかも、俺が寝てる横で、よくも貴様!」

大切な幼馴染みをろくでもない男に汚された星矢の憤りの訳は実によく理解できたのだが、氷河は彼に謝罪する気にはなれなかった。
無粋の、阿呆の、色魔の、好き者のと言いたい放題をされても、怒る気になれない。
月の光の下で見ても 日の光の中で見ても美しい、理想通りの恋人をついに手に入れることができた氷河は、今朝は到底そんな気になれなかったのだ。
星矢に対しては、瞬に会わせてくれたことへの感謝の気持ちしかなかった。
「頼まれたことは果たしたぞ。瞬は、またあれが現れても、絶対に月の世界になど行きたくないそうだ。瞬がそう思っているのなら、多分あれは瞬を連れていけない」

氷河の言うことなど信じられないと言わんばかりの態度で、星矢が夜具の上に上体を起こしている瞬の横に膝をつく。
「瞬、ほんとか?」
「うん。だって――」
「だって?」
「氷河はあったかいんだもの」
両の肩を覆う氷河の袍を右手で引き寄せて、瞬はぽっと頬を桜色に染めた。

星矢が、そのこめかみをひくひくと引きつらせる。
初めて会ったその日のうちに、歌の一つも贈ることなく同衾に至るという無風流の極みをしてのけた男を殴り飛ばしてやりたいが、幸せそうに微笑んでいる瞬の手前そうすることもできず――怒りのやり場を見付けられない星矢の両の拳はぶるぶると震えていた。

星矢の怒りに気付かぬ振りをして、氷河が瞬の髪に手を伸ばす。
「一応、用心のために、来月も来るつもりではいるが」
「次の満月まで来てくれないの……」
「ああ、月は毎晩現れるんだったな。やはり、毎夜見張りに来よう。生きていることはいいことだと、おまえが忘れてしまわないように、毎晩教えに来てやる」
いかにも意識して作った親切顔に、これは自然に浮かんでくる笑みを交えて 氷河がそう言うと、少し心細そうになっていた瞬の瞳が、まるで薄桃色の花が咲くように ぱっと輝く。
「僕は生きていたい。生きて、氷河の側にいたい……!」

瞬に ここまではっきり宣言されてしまうと、もはや星矢にも文句を言うことはできない。
要するに、星矢が眠りこけているうちに 問題は解決してしまったのだ。
星矢は、昨夜に限って無粋な寝言の一つも発することをしなかった自分自身を恨めしく思ったが、すべては後の祭りだった。


その夜以降、月の世界の影は現れなくなった。
あるいは、彼は瞬が自分で作り出した幻だったのかもしれない。
瞬の孤独が姿を持ってしまっただけのものだったのかも。
そしてまた、あるいは、本当に死の国から訪れた者だったのかもしれない。
いずれにしても、今の瞬は生気にあふれていて、冥府の王にも手出しができそうにない。
その事実は星矢を安心させ、また、氷河を喜ばせた。
現代のかぐや姫は、月の世界に帰ることはなく、人の世で生きることを望んだのである。
昔語りのかぐや姫が この世界で見付けることができなかったものを、瞬は見付けることができたのだ。












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