「氷河……!」 「瞬!」 愛し合う二人の抱擁が、パンドラとラダマンティスの目に美しく見えたのは、氷河のダンスに比べれば何でもましだったからに他ならない。 「氷河、僕のために冥界まで来てくれたの……」 「当たりまえだ。おまえがいないと、俺は生きていられない」 冥界の王の前で今度はラブシーンを演じ始めたアテナの聖闘士たちに悪寒を感じて、彼等のやりとりを遮るようにパンドラは二人に向かって怒鳴った。 「二人ともさっさとこの場を立ち去れ」 「え?」 死んだ人間が冥界を出てもいいのかと、瞬はごく自然な疑念をその胸に生じて、パンドラと そして氷河とを交互に見やったのである。 「おまえを思う俺の心が、冥界の王の冷え切った心を溶かしたんだ」 氷河が、彼の主観で事実と認められた事実を 瞬に告げる。 散々冥界の住人の精神を凍りつかせる冷凍技を連射しておきながら、この男はいったい何を言っているのか! ――と、パンドラとラダマンティスは叫べるものなら叫んでしまいたかったのである。 だが、彼等にはそうすることはできなかった。 彼等はとにかく、この驚異のダンサーを一刻も早く 冥界から追い払ってしまいたかったのである。 「ただし、これは冥界の掟だが、地上に出るまでおまえは決して後ろを振り返ってはならぬぞ。もし振り返ったら、アンドロメダは二度と地上には戻れぬことになる」 そんな掟など、パンドラは口にしたくなかったのだが、これもお約束である。 お約束の言葉を言い終えるや、パンドラはほとんど二人の背中を押しやるようにして、氷河と瞬をジュデッカの外に追い出し、それから ほっと安堵の息を洩らしたのだった。 これですべての厄介ごとは終わったと、彼女が気を安んじるのは、だが、少々早すぎた。 彼女が長い吐息を吐き出し終える前に、正気を取り戻しかけていたジュデッカに、これまで沈黙を守っていたハーデスの声が、突然静寂を破って響いてきたのである。 いつになく その声は弾んでいるように、パンドラの耳には聞こえた。 「パンドラ。あの者を地上に返すな。余はあの者が気に入った。余は毎日あの者の華麗なダンスを眺めて、日々の無聊を慰めたい」 「なんですとーっっ !? 」 退屈を持て余している神の心など、所詮 人間には理解し得ない。 冥府の王の命令に、パンドラのこめかみと唇と頬は、あり得ないほど不自然に歪み引きつった。 |