それ以来、瞬たちがハーデスの噂を聞くことはなかった。 故国に帰ったはずのハーデスの消息は、その時を限りにぷっつりと途絶えてしまったのである。 彼の事業は後任の者が継続しているという話だったが、その者に尋ねてもハーデスの行方は知れないと、沙織は瞬たちに教えてくれた。 彼はどこか浮世離れした雰囲気の人物だったので、瞬はそのことをあまり不思議なこととは思わなかった――心配もしなかった。 彼はきっとどこかで、彼が望むように悠然と時を過ごしているような気がしたし、彼が自分たちの前に現れたこと自体がただの気まぐれだったのではないかとすら、瞬は考えるようになっていた。 それほどに、彼は瞬にとって不思議な人物だった。 幼い頃から共に生きてきた仲間たちより、ただ一人の近親である兄より、彼は瞬の性癖や価値観を熟知しているように、瞬には感じられていた。 生まれたその瞬間から同じものを見、同じものを聞き、だが同じことを考えることだけはしなかった半身のように。 そんなふうに不思議な人物だったので、瞬はハーデスの消息が知れなくなっても、彼を失ったように思うことができなかったのである。 たとえ彼のことが気になっていたとしても、瞬には彼の行方を求める時間は与えられなかったろう。 彼が瞬たちの前から姿を消すのと ほぼ同時に、アテナの聖闘士たちの終わらない戦いの日々が始まり、絶え間なく続く闘いの中で、瞬が不思議な黒衣の男性のことを思い出す機会は失われていった。 人を傷付け倒さなければならない闘いの日々は、瞬にはつらいものだった。 だが、瞬の側にはいつも氷河がいて、彼と共に在る時間は充実していた。 自分がいることで、誰かが寂しい思いをせずにいてくれる。 そう信じていられる日々は幸福だった。 そして、瞬を幸福にしてくれる人物は、瞬に対していつも優しく情熱的だったのだ。 ――瞬がハーデスとの再会を果たすのは、アテナの聖闘士たちが幾多の戦いを経た後のことになる。 Fin.
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