ところで、カロンに同情したのは星矢だけではなかった。
失業の憂き目に至った経緯をカロンから聞くと、瞬は、
「そうだったんですか……。ご苦労されたんですね……」
と、同情に耐えない様子で、冥界の元冥闘士にいたわりの言葉をかけた。
カロンはといえば、通された城戸邸の客間のソファに、借りてきた猫のように大人しく座っている。
その様子を見て、星矢は、これは本当にアケローン河でアテナの聖闘士たちに傍若無人の限りを尽くしてくれた あの冥闘士なのかと、疑念を抱くことすらしてしまったのである。

「僕が沙織さんに――アテナに頼んでみますね。きっといいお仕事が見付かると思いますよ。あなたが強いことは折り紙つきだし、地獄への渡し守としてアケローン河で勤勉に働いていたことは、僕が保証しますから。色んな施設の警備員とか私設警察とか、あなたの特技を生かせる職はいくらでもあるんじゃないかな」
瞬は、自分が職安窓口にされることを迷惑に感じてはいないらしい。
彼はすこぶる愛想良くカロンに そう言って、かつての敵を激励した。
カロンがまた、かつての敵の言葉に無言ながらも素直にこくこくと頷く。

この状況を、星矢はさすがに異常に感じたのである。
「瞬ー。人がいいのも大概にしとけよ。こいつは、一度は俺たちを殺そうとした奴なんだぞ。信用ならない」
「そんなことないよ。カロンさん、冥界ではとっても親切にしてくれたじゃない」
「おまえにはな。俺は、こいつに何度もド突かれて、河に突き落とされて、あげくの果てに この野郎は、遠まわしに俺の目が濁りきっていると言いやがったんだ!」
星矢は外見ではなく、その言動で人を判断する。
そして、星矢が引っかかっていたのは、まさに彼の(かつての)言動だったのである。

が、その場に星矢の味方はいなかった。
会話の進行を瞬に任せ、その隣りの場所で無関心を装いつつ、氷河は、この人類外の顔をした生き物は“見る目”だけは備えていると思っていた。
『単純・素直』イコール『清らか』ではないのだ。
そして、瞬はといえば、
「星矢は根に持たないのが取りえでしょ」
の一言で星矢を笑顔でいなし、それ以上仲間の不満に取り合おうとはしなかった。

星矢の機嫌をとる代わりに、瞬が再び求職者に向き直る。
「できるだけのことはさせていただきますから、安心しててください」
「頼むぜ、くそガキ!」
カロンは、人にものを頼む際の言葉使いというものを全く知らない。
それでも彼が瞬の親切をひどく喜んでいることだけは、星矢にもわかった。

星矢にわかることが瞬にわからないはずがない。
到底上品とは言い難いカロンの言葉使いにも、瞬の笑みは途切れることはなかった。
「で、今はどちらに? 連絡先は――」
「渡し賃で貯めてた小銭が結構あったからな。今は駅前のビジネスホテルで寝起きしている」
「ついこの間まで冥闘士だった男が、今はビジネスホテル住まいかよ……」
カプセルホテルでないだけマシではあり、確かにカロンは洒落たホテルが似合うキャラではない。
だが、それにしても世も末な話だと、星矢は思った。






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