1度や2度の失敗からなら、カロンでなくても人は立ち直ることができるだろう。
だがそれが3度4度、更には10の大台に乗ってくると、カロンであっても立ち直ることは困難になってくる。
最初の失敗のあとも、カロンは、面接を受けに行っては不採用の通知を受け取ることを繰り返した。
そして、そのたびに瞬の許にやってきては瞬に励まされ、再び別の会社に足を向けることを繰り返したのである。
だが――。

「今日の面接も駄目だった……」
「え……」
カロンの面接での失敗が20社目に至るに及んで、さすがの瞬も励ましの言葉に窮することになってしまったのである。
「め……面接では、ちゃんと『俺様』じゃなく『私』で話したんですよね?」
不安と不審の入り混じった表情で尋ねてくる瞬に、カロンが不自然なほど幾度も頷く。
瞬は、その様子を見て、溜め息をついた。

カロンの面接失敗が10社を越えた頃には、カロンよりも星矢や氷河の方が意地になり、社会人経験もないくせに、カロンに対してあれこれと口を出すようになっていた。
面接での適切な言葉使いをスパルタ式で教え込み(星矢と氷河が!)、企業に提出する履歴書も、彼等は渋るカロンを説き伏せて、職歴空白期間を海外留学していたということで辻褄を合わせ、文句のつけようがないものを作成させていた。
氷河などは、そこまでしてもカロンを採用しない企業の人事採用担当官に、
「瞬の隣りに立つ男を選んでるわけじゃないんだぞ! 大事なのは言葉使いや顔じゃなく、意欲と適性だろう!」
と毒づくほどになっていたのだ。

カロンの連続不採用の原因が判明したのは、彼が就職活動を開始して ふた月が過ぎたある日のこと。
それまで星矢たちの奮闘振りを笑って見ていた紫龍が、さすがにその事態を不審に思い、カロンの尋常ではない連続不採用の原因を突きとめてくれたのである。
彼は、カロンを不採用にした企業の人事部に、他企業の人事採用担当官を装って、彼の不採用理由を聞き出したのだった。

カロンの20社連続不採用の驚嘆すべき理由とは、つまり、
「面接に行っていなかった !? 」
――だった。
カロンが不採用になったと瞬たちに報告してきた20社中で、実際に彼が面接を受けに行ったのは最初の4社だけだったらしい。
これでは、カロンにどれほど適性があっても採用されるものではない。
企業側に意欲を示すことを、そもそも彼はしていないのだ。

「どうして嘘をついていたんです!」
紫龍にその事実を知らされた瞬は、当然のことながらカロンを問い詰めた。
平生の瞬なら、もっと優しく、カロンの気持ちをおもんぱかった聞き方をしていただろうが、星矢や氷河が彼の就職のためにどれだけ粉骨砕身していたかを知っていただけに、瞬はカロンに厳しく当たらざるを得なかったのである。
彼が面接に行かずにいた事情ではなく、彼が彼のために努めてくれている者たちに嘘をついていた理由を、瞬は厳しい口調でカロンに問い質した。

一瞬間だけ 母親にいたずらを見咎められた子供のように顔を歪めたカロンが、すぐに開き直ったように瞬に噛みついてくる。
「職が見付かったら、俺様がここに来る理由がなくなるだろーが!」
「ここに来る理由?」
思いがけない反抗に出会った瞬が、その声の大きさに驚き、かつ、その主張の意味するところが理解できずに、瞳を見開く。
氷河の方が先に状況を把握して、こめかみをぴくりと引きつらせた。

瞬には、だがもカロンの訴えの意味がどうしてもわからなかったのである。
アテナの聖闘士は、彼の前の職場を崩壊に追い込んだ、いわば彼の仇敵である。
彼の失業の直接の原因を作った者たちなのだ。
カロンとて、好き好んで かつての敵の許にやってきたのではなく、まさに背に腹は替えられない状況にまで追い込まれて 仕方なくやってきたに違いない。
一刻も早く新しい職を見付けて、かつての敵の力を借りるような状態から抜け出したいとカロンは考えているはずである――と、瞬は思っていた。

が、カロンにはカロンの事情というものがあったのだ。
「ここに来れなくなったら、俺はてめぇに会えなくなるだろう! そんなこともわからねーのか、このボケがぁ!」
一向に かつての敵の気持ちを察してくれない瞬に苛立ったカロンの声は ますます 大きくなり、カロンの剣幕の激しさに、瞬の戸惑いもまた ますます大きくなる。
さすがに傍観者でいられなくなった氷河が二人の間に割り込んでこなかったなら、瞬はなぜ自分がカロンに一方的に責められているのかを理解できないまま、いつまでも彼の癇癪の標的にさせられていたに違いない。

「瞬。お茶をいれてこい。この興奮している男に落ち着いてもらおう」
氷河にそう言われた瞬が、少々不安そうに2、3度 瞬きをする。
氷河がそれ以上何も言ってくれないので、瞬は大人しく彼の指示に従った。






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