“彼”のように、氷河は積極的で性急だった。
その日のうちに――その夜、氷河は瞬の寝室にやってきた。

「神様は、僕たちがこんなことをしたら怒るかな」
瞬のシャツのボタンを一つ一つ外していく氷河に瞬が尋ねると、
「まさか」
すぐに屈託のない――自分たちは神に祝福されていると確信しているような――氷河の答えが返ってくる。
瞬は安心して、氷河の肩に頬を預けた。

“彼”の手練しゅれんと“氷河”の激情――その二つが入り混じった氷河との初めての交接は、瞬を異様なほど高ぶらせた。
“彼”との時にも ここまで大胆にはなれなかったのにと、瞬は自分自身の所作に驚きさえした。
これでは初めて“瞬”と身体を交える氷河が幻滅するのではないかと、瞬は懸念したのだが、彼に絡みついていく自らの心と身体を、瞬はどうしても大人しくさせることができなかった。

幸い、氷河は、それを不自然なこととは思わなかったらしい。
彼は彼で瞬を攻めることに夢中で、そんなことを訝る余裕がなかっただけだったのかもしれないが、彼はむしろ嬉しそうに、交合の余韻にいまだ胸を大きく上下させている瞬に、
「なんだろうな。初めてのような気がしなかった」
と言った。

「――初めてじゃないから……」
それはどういう意味だと問われたなら、瞬は本当のことを告げるつもりだったのである。――その意思はあった。
が、氷河は瞬の言葉を全く別の意味に捉えたらしい。
「おまえは俺の頭の中を覗いていたのか」
そう言って、彼は一瞬間だけ 僅かに皮肉を含んだ笑みを作った。
そして、すぐにまた、その手で瞬の肌を刺激することを再開する。

氷河の愛撫の仕方は“彼”に似ていた。
“彼”より少し力任せではあったが。
氷河の唇がせわしなく瞬の胸の上を行き来する。
「あ……あ……!」
唇からではなく身体の奥から生まれてくるような自らの喘ぎに驚き、反射的に目を閉じた瞬は、“彼”のそれに似た氷河の愛撫の下で、ふと、これは本当に自分が好きになった氷河その人なのだろうかという疑いを抱いたのである。
なぜ今更――と、そんな自分自身を訝りはしたのだが、
「氷河……」
その考えが、瞬に氷河の名を呼ばせた。

「なんだ?」
氷河が性急な愛撫を中断し、瞬の顔を覗き込んでくる。
一見 落ち着き穏やかに見えるその表情とは裏腹に、彼の身体と本心は、もう一度一刻も早く瞬の中に入りたいと焦れていた。
身体を重ね合っているのだから、それは嫌でも瞬にわかる。
氷河が心身の焦燥を無理に抑えているのは、初めての夜の中にいる瞬を気遣ってのことだったろう。
その事実に気付いた瞬は、微かに左右に首を振った。

「ううん、何でもない……。僕は逃げたりしないから、そんなに急がないで」
その言葉に、氷河は少し罰の悪そうな顔になり、だが早くおまえが欲しいんだと囁いて、瞬自身を急がせるために瞬の身体の中心に手をのばしてきた。
その指の熱い感触に、瞬の喉が大きく反り返る。
「ああ……!」
そして、瞬は、自分の中に生まれた疑念を忘れることにしたのである。
『氷河』とその名を呼べば、答えてくれる。
ここにいるのは氷河なのだ。

幼い二人が初めて出会った日に瞬に矢車菊の花を渡してくれた手は、あの時よりも少し無骨になっていた。
二人が幼かったあの日に春の青空よりも青かった瞳は、あの日よりも深みを増している。
その青の中には、『俺はおまえを愛するためだけに存在する人格だ』と訴えていた“彼”の瞳の色も混じっていた。

今瞬を抱きしめている氷河は、あの幼い日そのままの氷河ではない。
だが、彼は瞬のために今の氷河に変わってくれたのだ。
同じように、瞬も、あの幼い日に彼から白い花を受け取った少年とは違う“瞬”になっていた。
おそらく、氷河に変化をもたらした力と同じ力が、“瞬”をも変化させたに違いない。
その力が、人に“愛”や“思い遣り”と呼ばれる美しいものなのか、あるいは、幸福になりたいと願う利己的な思いにすぎないのか、それは 今の瞬にはまだ わからなかった。

ただ 瞬は、いつも氷河が好きだった。






Fin.






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