シュンに時間がないということは、ヒョウガにも時間がないということである。
ヒョウガはその日のうちに、再度シュンの許に向かった。
今のシュンの仕事は、ただ心身を清浄に保って城内に存在することだけらしく、ヒョウガがその姿を見付けた夕刻にも、シュンはまたあの庭の中に立っていた。
白い花がその日の最後の陽の光を受けて、薄い朱の色に染まっている。
今が一日の終わりの時刻だということが、ヒョウガを一層 焦らせた。

「シュン、おまえ、どういうのが好みだ?」
刻一刻と時間が過ぎていくことに焦っているヒョウガは、何の前置きもなく唐突に用件に入った。
「は?」
肝心のシュン当人には焦慮の色はなく、ただ彼はヒョウガの口から飛び出てきた質問の内容に虚を衝かれたように瞳を見開いた。
「どういうふうな人間が好きだ?」
シュンの驚きになど委細構わず、ヒョウガは重ねて尋ねた。
シュンが、少しく考え込んでから、なぜそんなことを問われるのかがわからずにいる様子で、答えを返してくる。

シュンの答えは、
「生き生きして輝いている人」
というものだった。
『そういう人を守るために死ぬのなら、死にゆく自分にも価値があると思えるから』
シュンが言葉にしなかった言葉を、ヒョウガは聞こえない振りをした。

「じゃあ、俺みたいなのが好きなわけだ」
ヒョウガは決して冗談でそんなことを言ったわけではなかった。
が、深刻に言ったわけでもない。
ヒョウガはひどく気が急いていて、あまりものごとを深く考えることのできる状態にはなかったのだ。
要するに、それは、ヒョウガの焦りが口を突いて出た、ほとんど反射的なものだった。

シュンが一瞬、きょとんとした顔になる。
それからシュンは、ゆっくりと口許を微笑の形に変えて、浅く頷いた。
「うん……。そうなんだと思います」
シュンの瞳には憧憬の色がたたえられていた。
その瞳が眩しいものを見るように、ヒョウガの顔を見上げ、見詰めてくる。
その瞳に出会った途端、ヒョウガは僅かに正気に戻り、自らの内にあった焦りを忘れた。

春の花の中にいるシュンは、ほのかに色づいた白い花のように清楚な風情をしていた。
その瞳は聡明な輝きを呈しており、その言葉は素直。
この花に好意を持たない人間はいない――とは断言できないが、人に嫌われる要素がシュンにはない――とは思う。
だというのに、ヒョウガはこれまで、シュンと言葉を交わすたびに彼に苛立ちを感じてきた。
二人は“生きること”に対する考え方が正反対で、『恋は一つの運命を共に生きることだ』というシリュウの言が正しければ、恋という関係が成立し得ない間柄なのだ。

「この国を、美しく豊かなままヒョウガの手に委ねられたら、それはきっとヒョウガのためになるでしょうね」
だが、シリュウが分別顔で吐き出した言葉に、いったいどれほどの信憑性があるのだろう。
シュンが自身の運命を見切ったように告げる言葉も、ヒョウガは今は聞きたくなかった。
だから、ヒョウガはシュンの言葉を遮ったのである。
「俺のために死ぬんじゃなくて、俺のために生きようとは思わないか?」
と尋ねることで。

どういうつもりでそんなことを尋ねたのか――尋ねたヒョウガ本人にわかっていないことが、シュンにわかるはずもない。
シュンはただ、決して実現できないことを尋ねてくるヒョウガに、切なげな目を向けるだけだった。
ヒョウガの心臓が、大きく一つ波打つ。
それから、ヒョウガはひどく馬鹿げたことを考えたのである。
このシュンに太刀打ちできるほどの美形など、人の世界には自分くらいしかいないのではないか――と、そんなことを。

(何を考えているんだ、俺は……)
シュンに時間が残されていないことではなく、自分自身の場違いな考えに、ヒョウガは焦った。
ヒョウガの内心の焦りに、シュンは気付いた様子も見せない。
「それは叶わない夢だから――。せめてヒョウガのために死ねるんだと思えば、僕も嬉しい」
静かな口調で そうヒョウガに告げるシュンの瞳は潤んでいて、その瞳はヒョウガのために無理に微笑もうとしている。
比喩ではなく実際に、その瞳に吸い込まれていくような感覚に、ヒョウガは襲われた。

『友情を育むには時間がかかるが、恋に落ちるのは一瞬だ』
シリュウの言葉が幻聴のように、ヒョウガの耳の奥を通り過ぎていく。
(駄目だ、抑えがきかない……!)
シュンの瞳の中でほとんど止まりかけていたヒョウガの鼓動が再び波打ち出した時にはもう、ヒョウガはその一瞬を通り過ぎてしまっていた。






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