各駅停車の電車に2時間ほど のんびり揺られたあとで、瞬が降り立ったのは、かろうじて関東圏に引っかっている場所にある小さなひなびた駅だった。
その駅でホームに降りたのは、氷河と瞬の他にはわずかに二人。
瞬に見付かることを懸念して、氷河はひやひやすることになったのである。

この駅にやってきたのは、瞬はこれが初めてらしい。
たった一人だけいる駅員に、瞬は、彼の目的地に向かう道を尋ねてから駅舎を出た。
駅前にはタクシー乗り場もバスターミナルもないような小さな駅。
駅前からは三方に道がのびていたが、その道のどれも舗装すらされていなかった。
その中の左にある道を、瞬が辿り始める。
車が2台やっとすれ違えるほどの幅しかない道の周辺は、ほとんどが根菜や葉菜を栽培している畑で、人家はその畑の向こうにまばらに点在しているだけだった。
当然、人通りもほとんどない。
氷河は、瞬との間にかなりの距離を置いて、そのあとを追うことになったのである。

駅を出てから15分ほど歩いたところで、瞬は歩を止めた。
慌てて、氷河が、道の脇の ほとんど花の落ちた桜の木の陰に身を寄せる。
瞬が立ち止まったのは、そこで道が終わっていたからだった。
その先にあるのは巨大な黄色の花の絨毯――瞬の前には、広大な菜の花畑が広がっていた。
無論、そこは畑であって、観光地ではない。
周囲に土産物を売る店があるわけでもなければ、ホテルがあるわけでもない。
それでも、そこは知る人ぞ知る場所なのか、広い畑のずっと遠くの方には、家族連れらしい数人の人間の姿があり、別の一方では素人カメラマンらしい男が畑の端を行ったり来たりしていた。
他に人の姿はない。

広い菜の花畑の上にある空は青く、雲ひとつない。
春の眩しい空には、昼の月がひとつ浮かんでいるだけで、どこからかヒバリの鳴く声が聞こえてきたが、氷河はその姿を見付けることはできなかった。

一面の菜の花と、その上に広がる春の青い空。
瞬は、どこまでも続く菜の花畑を 小一時間ほど眺めていただろうか。
瞬が菜の花畑に着いたのは ほぼ正午になった頃だったが、その風景は、1時間が過ぎても何ひとつ変わらなかった。
そこだけ時間が止まっているような風景を、彼自身の時間も止まってしまったかのように微動だにせず、無言で見詰めていた瞬は、やがて気が済んだのか、1時間前に辿ってきた道を、今度は逆に歩き始めた。

帰りの電車は空いていて、瞬は誰にも席を譲らずに済んだ。






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