「そんなことで……」
瞬は、氷河の人となりを知り尽くしている。
尋常でない憤りに支配された時、氷河はまず、その怒りを星矢と紫龍にぶつけるのが常だった。
そうすることで氷河は少しでも自らの憤りを和らげようとするのだ――もう一人の仲間に 怒りのすべてをぶつけてしまわないようにするために。
翌日、早速 星矢と紫龍に氷河の激怒の訳を尋ねた瞬は、彼等から返ってきた答えを聞いて――正直、呆れてしまったのである。

「氷河の奴、おまえは人がよすぎるってカンカンでさ。ありがとうの一言も言えない礼儀知らずに、おまえが席を譲ってやる必要はない――とか何とか、いつまでも わめいてたぞ」
瞬の唇から溜め息が洩れ、同時にその唇が苦笑いを作る。
それから瞬は、ぼやくように言った。
「気軽に『ありがとう』を言えない人もいるとか、そういうこと考えられないのかな、氷河は」
「自分だって、普段は、そんなセリフ言いもしないくせになー」
星矢にそう言われて、瞬は、昨夜の氷河の唐突な感謝の辞の意図するところがやっと理解できたのである。

「だから、氷河ってば、夕べ急にあんなこと言い出したんだ」
「『俺と寝てくれて ありがとう』とでも言ってきたのか、あの馬鹿は」
「うん……。そうなんだ」
瞬が、困ったような顔をして紫龍に頷き返す。
だが、その場で最も困っていたのは、そのつもりは全くなかったのに、瓢箪から駒を出してしまった紫龍その人だった。






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