「え? 瞬ちゃんのお友だち? まああ、綺麗なお兄さんたちと可愛い坊や」
某玩具メーカーの販売企画事業部長だという瞬の客は、にこやかに笑って、氷河たちを自分のボックス席に招じ入れてくれた。

その客のテーブルにはミルクとオレンジジュースの入ったグラス、そしてケーキの載った皿が鎮座ましましており、それは氷河が想像していたホストクラブのメニューとは随分様相を異にしていた。
訝しげな顔になった氷河に、販売企画事業部長が誇らしげに説明をしてくれる。
「ここは、瞬ちゃん専用のスペースなのよ。フロアのお酒の匂いが流れてこないようにしてあるの。瞬ちゃん、お酒が苦手でしょ」
「これで商売になるのか」
瞬の前のテーブルに置かれているミルクの注がれたグラスを見ながら、氷河が呆れ顔でぼやく。
氷河の認識では、こういう店は、10万の酒を20万で売って利益を得ているもの――だったのだ。

「ここではミルク1本が10万円よ。モンブランケーキ1個が8万円」
「暴利だ……」
とんでもない値段設定を聞かされて、紫龍が低く呻き、星矢が目を丸くする。
どれほど高級なブランド品であっても、牛乳の仕入れ値などせいぜいが数百円程度のはずである。
瞬の給料が桁外れなことにも、紫龍たちにはそれで納得がいった。
売り上げが同じでも、瞬の場合は、他のホストたちと利益率が全く違うのだ。
その上、客の指名を店でいちばん多く受けていたら、たとえ客がミルク1本をしかオーダーしなかったとしても、店に入る利益は相当のものだろう。

その上、瞬の客たちは、その法外な請求額を快く支払う者たちばかりらしい。
瞬の今日の客である某社販売企画事業部長は、瞬の“お友だち”に、
「瞬ちゃんとお話できるのなら、それくらい安いものよ」
と、事も無げに言ってのけたのだった。

店外は知らないが店内では、歓談と飲食が この店の主な提供サービスということになるのだろう。
ミルクに酔ってタチの悪い女性客とただならぬ仲になることも――決してないとは言えないが――常識では まず考えられないことだった。
確かにこれなら瞬にも勤まる仕事なのかもしれない――と、氷河たちは納得しかけていた。
が、瞬の真の仕事は、ミルクの入ったグラスで客と乾杯することなどではなかったのである。
氷河たちの目の前で、氷河たちの存在を無視した販売企画事業部長が 瞬に愚痴をこぼし始めた時、彼等は瞬の本当の仕事内容を知ることになったのだった。

「聞いて、瞬ちゃん。ウチの息子ったら、試験の成績がまた下がっちゃったのよ。私、恥ずかしくてご近所に顔向けができないわ」
「それは……でも、息子さんが健康で素直なら、それがいちばん大事なことだと思いますけど」
「素直でもないのよ! 私がこんなにあの子のこと心配してるのに、あの子ったら、私に憎まれ口ばかりきいて……!」

氷河は――星矢と紫龍も――突然瞬の目の前でさめざめと泣き出した販売企画事業部長に あっけにとられてしまったのである。
が、瞬は、彼女の泣き言に至極真面目な表情で聞き入っている。
まさか瞬は毎晩こんな愚痴の聞き役をさせられているのかと、氷河たちはとんでもなく不安な気持ちになった。
そして、事実は、彼等の不安通りのものだった――らしい。






【next】