「日々の生活に疲れ傷付いている人間の心を癒す仕事、か。確かにおまえに向いた仕事かもしれないが、おまえ自身には癒しは必要ないのか?」 マネージャーの運転する車が城戸邸の門を出ていくのを玄関で見届けてから、氷河は、自分の横に立つ瞬に尋ねてみたのである。 氷河には、日々の生活に疲れたキャリアウーマンたちより、瞬の身の方が大事だった。 彼女たちの心を癒すことのできる瞬の心は、ではいったい誰が癒してくれるのかと――明日にはまたアテナの聖闘士たちの新たな闘いが始まるかもしれないのだ――氷河には、それが案じられた。 「僕には氷河やみんながいてくれるから」 氷河の懸念をよそに、瞬が事も無げに笑って答える。 「僕、自分が働いて、それで もらったお金で氷河へのプレゼントを買いたいって思って働き始めたんだけど……。ほら、氷河はいつも僕に、側にいてくれるだけでいいって言うでしょ。でも、何か形のある物をあげたくて――」 「俺は――」 「僕の側にいて、いつも僕を見ていてくれる人がいるってことが、そういう人がいると信じていられるってことが、本当にいちばんの贈り物なんだって、あの店で働いていて、僕 わかったよ」 「そうか。ならいい」 瞬は少なくとも、孤独と不幸の殻を自ら望んで自分の周りに形作るキャリアウーマンたちよりは利口らしい。 氷河は瞬の答えに安堵し、その肩を抱き寄せた。 氷河の胸に頬を預けて、瞬が囁くように言う。 「うん……。僕は、氷河が側にいてくれることが いちばん嬉しい」 人が――その社会的立場はどうあれ――真実 求めるものは、そんなふうにささやかなものなのだろう。 だが、それは、ささやかでありながら得難いものでもある。 アテナの聖闘士たちは、その ささやかなものに不自由したことだけはなかった。 だからこそ彼等は――人は――生きていることができ、戦い続けることができるのだ。 Fin.
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