人が望む平和は、人が戦って勝ち取るものでなければ価値がない。
そう考えているアテナは、人と人との闘いに自ら参戦することはない。
アテナは、彼女の聖闘士たちが必死の思いで闘っている間、城戸邸の奥の部屋で優雅にティータイムを楽しんでいた。
青銅聖闘士たちの闘いは、2時間ほど続いただろうか。
沙織の手にしていたティーカップが3度目に空になった頃、戦場は静けさを取り戻した。
沙織は安堵し、彼女のティータイムを終えたのである。


闘いが終わって、満身創痍の敵たちが皆 引き払った城戸邸の庭の高木に、瞬が脱力したように背をもたせかけていたのは、彼自身が傷付いたからではなかった。
はなはだしい肉体の疲れと、それ以上に、人を傷付けずには実現を望み得ない平和というものの重みに、瞬は精神的に疲れていたのだ。

「大丈夫か、瞬」
「うん」
少し離れたところで瞬とは違う敵たちと闘っていた氷河が、そんな瞬に手を差し延べてくる。
その手を取って、瞬は身体を起こし、再び自分の足の力で地に立つことをした。
瞬の横に地べたに尻をつく格好で座っていた星矢が、まだ息が切れている状態だというのに氷河に噛みついてくる。――彼もまだまだ元気だった。

「これでも、惚れたはれたの方がイノチガケかよ!」
こんなきつい闘いを経験しても、氷河は自身の考えを変える気にはならなかったらしい。
星矢に怒鳴りつけられても、氷河は、昨日の彼の意見を撤回することはしなかった。

「恋に負けて死ぬのは身体じゃないからな」
「肉体が死んだら、惚れたもはれたもないだろう」
「だから、とりあえず、バトルも命がけでする」
「瞬といちゃつくために闘ってんのか、おまえは」
「そうだ」
氷河の即答が憎らしい。
星矢は地べたに尻をついたまま、ぷいと横を向いた。

死ぬ思いをして、これまで勝ち取ってきた幾多の勝利。
それこそがイノチガケの闘いであり、他に命を賭けるほどの価値のあることなどない。
その必要もない――。
イノチガケの闘いのあとに、常識的な人間が考えるだろうことを常識的に考えて、星矢は氷河に腹を立てていた。






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