「男の僕に付き合ってくれって言ってくるだけでも異常なのに、その理由を聞くと、『女の子より綺麗だから』なんてことを平気な顔して言うんだよ! お世辞でもいいから、少しくらい僕の人間性に触れてくれたっていいじゃない。僕は、そういう趣味の持ち主を否定するわけじゃないけど、外見で人を判断する人は嫌いだ!」

その日も瞬は、放課後 上級生からの呼び出しを受けていた。
用件がそれとわかると、無論 瞬は即行で彼の前を辞してきたのだが、打ち続くこの事態に、瞬はいい加減うんざりしてしまっていたのである。
「今日 僕を呼びつけた3年生なんて、『お付き合いは遠慮します』って言ったら、僕の腕を掴みあげて変なことしようとするんだ。あんなの病気だよ。犯罪だよ。それとも、僕は男だから犯罪にならないって言うつもりなの!」

まだ校門も出ていない学校の敷地内で 瞬の怒声を聞かされる星矢の方も、すっかり慣れたものである。
彼は瞬の報告の内容には 今更驚くこともせず、また 同情する素振りも見せなかった。
星矢はむしろ、この事態に感嘆さえしていたのだ。
「いや、でも、すごいじゃん。高校入学して1ヶ月半、おまえ、週に一度は男に言い寄られてないか?」
「すごくなんかない! 僕は、高校に入ったら今度こそ兄さんみたいに男らしい外見になれるはずだったのに! その予定だったのに!」

半月かそこいらの春休み期間で、人の外見がそれほど劇的に変わることは、どう考えても不可能なことだというのに、なぜ瞬はそんな夢を見ていられたのか。
星矢は瞬のそういうところに“夢見がちな乙女”的要素を感じずにはいられなかった。
これまで最上級生だった者が、再びいちばんの下っ端になるのである。
この事態は、決して予測不可能なことではなかったはずなのだ。

「ま、でも、今日もおまえの貞操は無事に守られたということで」
「当たりまえだよ! あんな人たちが、僕に何ができるっていうの!」
予測可能なこととはいえ 到底尋常とは言い難いこの事態の詳細報告を 星矢が笑って聞いていられるのは、彼が瞬の強さとすばしこさを知っているからだった。
瞬の“少女のような”外見に油断して 瞬を見くびっている限り、瞬に言い寄ってくる者たちは彼等の“少女”に指一本触れることはできないだろう。

「でもさ、人間に目っていう器官がある限り、人の外見ってのは見えちまうもんだろ。俺だって、おまえを見て、女の子みたいだって思うことはあるぞ」
瞬は、人に『女の子みたい』と言われるのは、もちろん非常に不愉快だった。
が、そう言われても腹の立たない人間というものが幾人かは存在した。
星矢は、その中の一人である。

「でも、星矢は、僕が明日突然兄さんみたいにすごーく男らしい外見になっても、僕への態度を変えたりはしないでしょ。あの人たちは、もしそんなことになったら、即座に僕への興味を失うんだ。つまり、そういうことだよ。僕はあの人たちにとって、珍しい外見をしたペットみたいなものなんだ。僕はあの人たちに珍獣扱いされてるんだよ! 僕はコビトカバやピグミーマーモセットと同じなんだ!」

何もそこまで自虐的にならなくても――と、星矢は思ったのである。
希望を抱いて入学した学校で繰り返される屈辱に 瞬がやけになる気持ちはわからないでもないが、それでも人間としての尊厳は堅持していてほしい――と。
「どんなに見た目が綺麗でもさ、性格が合わない奴と一緒にいるのは結構苦痛だぞ。犬や猫もそうだけど、人間だったらなおさら」
「だから、あの人たちは外見しか見てないんだよ。僕の外見がこんなだから、中身も女の子みたいに大人しいんだろうって決めつけてるんだ」

今時の“女の子”は決して大人しくなどない。
瞬は、自分はかなり気が強いと思い込んでいるようだが、今時の女の子は――特に徒党を組むと、こんなもんじゃない――と言おうとして、星矢はそうすることをやめた。
『おまえは中身も女の子より女らしい』などということを十年来の親友に言われたら、瞬はそれこそ“女の子のように”涙ぐみかねない。
星矢は天に向かって嘆息した。

「――そーいや、おまえが親しくしてる奴って、本来は おまえみたいな外見を好まない奴ばっかだよな。一輝は、人に『似てない兄弟だ』って言われ続けて、おまえのその外見を内心苦々しく思ってるみたいだし、紫龍とかは『人間、大事なのは見た目じゃなく中身だ。女の子みたいな外見をしてるからって、腐ることなく強く生きていくんだぞ』だし」
そして、そういう星矢も、実は『男は男らしく強くあらねばならない』という古典的価値観を掲げている日本男児で、本来ならば瞬のようなタイプに自分から近付いていくことはない少年である。
星矢と瞬の間にあるものは、知り合ったのが外見などというものに価値をおかないほど幼い頃だったからこそ成立し継続している友情だと言えた。

そんな星矢の言葉に、瞬が頷く。
「僕の外見を嫌ってる人の方が信頼できるもの。兄さんや紫龍は、僕の外見が変わっちゃっても、きっとそれまでと同じように接してくれる。僕の外見を好む人は、そうじゃない」
それもまた ある種の偏見なのではないかと、星矢は思ったのだが、彼はそれも言葉にしなかった。
正々堂々と(?)交際を求めてくる者たちはまだマシな方で、瞬はこれまでに幾度か変質者としか思えない大人たちに性的ないたずらをされかけたこともあるのだ。
瞬の中に少々偏りのある構えができてしまうのも致し方のないことだった。

もっとも、そういった経験のおかげで、瞬は小学生の頃から護身術の習得に励むことになり、今では各種合計すれば10段以上の腕を持っているし、100メートルを11秒台で走ることもできる。
問題は、そこまで鍛えても“少女のよう”であり続ける、瞬の奇跡の肉体にあるのかもしれなかった。

「おまえの外見コンプレックスは、ある程度は仕方ないと思うけど、でも、おまえの外見が女の子みたいなことを いちばん気にしてるのは、他の誰でもない おまえ自身だと思うぞ」
「……」
そんなことは、改めて言われなくても、瞬とて十二分に自覚していた。






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