彼にまた会えると思ったわけではない。
瞬はただ、もう一度彼に会いたいと思っただけだった。
今更学校で体育系のクラブに入る必要性も感じていなかった瞬の、その日は週に一度の部活の日で、下校がいつもより遅かった。
昨日氷河と出会った時刻に、瞬の視界に大学の図書館の四角い屋根が入ってくる。
瞬はほとんど見えない力に引かれるように、制服のまま、昨日彼と別れた図書館に入館していた。

今日も氷河がここにいるとは限らない。
いるとは限らないが、もしいるとしたら点字コーナーかオーディオコーナーだろうと当たりをつけて、瞬はまず点字資料室に、次いでオーディオルームに足を運んだ。
そこで、瞬は、彼の金髪を再度目にすることができたのである。
個別に利用できるように区切られた区画の一つで、彼はリクライニングシートに身を沈め、ヘッドフォンから流れてくる音楽に興じているようだった。

とにかく、また会うことができたのである。
瞬はまずその事実に安堵した。
氷河が聴いている曲が長いものならば演奏の終わるのを待とうと思い、瞬は、彼の掛けている椅子の後ろを通って、オーディオルームの壁際にあるベンチに移動しかけた。

「瞬?」
その瞬間に、氷河が瞬の名を呼ぶ。
「ど……どうしてわかったの」
視覚は当然のこととして、聴覚も他のことに向けられている状態で、なぜ彼は自分の存在を感知できたのかと、瞬は正直、かなり驚いてしまったのである。
「いや、優しい気配がしたから」
ヘッドフォンを外した彼の返事を聞いて、瞬は我知らず胸をときめかせてしまっていた。
彼はおそらく、空気の流れの速さや方向でそれを察知できるほど勘がいいのだろう。
いずれにしても彼は、外見ではない部分で瞬を瞬と認めてくれたのだ。

「瞬は今日はどうしてここに? 高等部には高等部用の図書館があるんじゃないのか」
「え……あ……」
突然そんなことを――それは当然の質問でもあったのだが――尋ねられて、瞬は答えに窮した。
まさか『あなたにもう一度会いたくて』と、本当のことを言うわけにもいかない。
「こ……高等部の図書館は6時には閉まってしまうんです。僕、文芸部員だから、それであの――」
「ああ、もうそんな時刻か。昨日は瞬にろくな礼もできなかった。これからお茶でも一緒にどうですか」
「えっ」
「あ、瞬は、本を探しに来たのか……」
氷河の誘いを瞬が喜ぶより先に、氷河がその提案を打ち消すようなことを言う。
「僕もう、さっき 司書の人に確認してきたの。ここには僕の読みたい本はないって!」

瞬は、そこが利用者に静粛を求める図書館だということも忘れて、室内に大きな声を響かせていた。
そこにいる利用者たちがヘッドフォンをつけていなかったなら、彼等は皆 瞬を振り返っていたことだろう。
幸い、その字にいた者たちは他の音源に集中していたので、そういう事態にはならなかった。
そして、氷河も、『では、なぜまだここにいるのだ』などということは尋ねてこなかった。
「では、瞬はここにはもう用はないわけだ」
自分の発言の矛盾に遅ればせながら気付いて身体を縮こまらせた瞬の肩に、氷河は笑って手を伸ばしてきた。






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