瞬に無体を働こうとした上級生たちは、自身の無様を吹聴してまわるほどの恥知らずでもなかったらしく、氷河の振舞いが学内で問題になることはなかった。
ほぼ時を同じくして、上級生たちの瞬への接触もぴたりと止むことになったのだが、それは、瞬には既に決まった“男”がいるという無責任な風聞のせいだった。

「あれだけ 外見にこだわる奴は嫌いだとか言ってたおまえが、実は面食いだったとはな。呆れて声も出ないぜ」
その噂の真偽を問い詰められた瞬は、慌ててそれまでの経緯を星矢に説明した。
瞬はそんな噂は根も葉もないことだと言ったつもりだったのだが、星矢は、瞬の新しい“知り合い”をただの“お友だち”とは認めてくれなかったのである。
ただの知り合いを語るにしては、おまえの口調は熱っぽすぎる――と、星矢は言った。

「そんなんじゃないってば。ただ、氷河は何ていうか――」
瞬にとって、氷河はまず“不思議な存在”だった。
どうしてこれほど心惹かれるのか、瞬自身にもわからない。
「それに、僕は、氷河が綺麗だから気になるんじゃなくて――氷河が綺麗なのは、僕自身には全然関係ない、ただの事実だよ」
瞬は向きになって星矢の勘繰りを否定したのだが、星矢は瞬の言葉をまともに取り合おうともしなかった。

「俺にまで そんな弁解すんなって。好きな相手が綺麗に見えてくるのは普通のことなんじゃねーの」
「す……好き――って」
「おまえ、外見にこだわる奴が嫌いなんであって、その趣味は否定しないって言ってたじゃん。話 聞いてると、そのガイジンさんもおまえに気がありそうだし」
瞬に“カッコいいところ”を見せようとしたのでなければ、それほど強い人間なら、普通は両手を使って二人の標的を倒す――というのが、星矢の見解だった。
その方が無駄なエネルギーを使わないし、自身が受ける衝撃も一度で済む。

「氷河が僕に気があるなんて、そんなこと――」
氷河に会ったこともない星矢の勝手な推察は、瞬の胸を高鳴らせた。
そんなことはあるはずがないと思おうとするほどに、そうであってほしいという期待が膨らむ。
もしそうだったなら、どれほど幸せか――と感じている自分自身に気付いた瞬の心は、だが、その途端に氷のように冷えきってしまったのである。
もしそうだったとしても――もしそうだったなら、瞬は氷河に対して大きな罪を犯していることになるのだ。

「僕……氷河の目が見えないのをいいことに、氷河を騙してるんだ」
「騙す?」
「氷河は僕のこと女の子だと思ってるの……」
「おい、それはさすがにちょっと――」
星矢が、いかにもその事態はマズいという目つきで、“少女のような”瞬の顔を見おろす。
“マズい”ことは、瞬にもわかってた。
“少女のような”という修飾語は、本当の少女には決して冠されることのない言葉なのだ。






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