氷河は、だが、すぐには瞬を処刑しようとはしなかった。
むしろ、無聊の慰めを求めるふうを装って、瞬を話し相手として自室に呼びつけることが多くなった。
氷河は、瞬がこれまで過ごしてきた時間に、ひどく興味を引かれているようだった。

「なぜおまえは予言者と称することを考えたんだ。元の王家が倒れた時、おまえはまだ5、6歳の子供だったと聞いている」
「僕が自分で言い出したわけじゃない。西戎の国の者たちが勝手に そう信じ込んだだけだ」
他人とまともな会話を成り立たせられることが嬉しくて――それは、瞬には生まれて初めての経験だった――瞬は、氷河に尋ねられることには何も隠すことなく答えを与えた。

「最初は当てずっぽうだった。平和な国を自分の気まぐれな野心のために侵略するような者は、ひと月もあれば滅びるだろうと思って、そう言った。僕の父を殺した男は、実際に会ってみると、粗暴で下品な男だった。臣下に慕われているわけもなかったし、人徳もなければ品格のかけらもなかった。暴力と恐怖で家臣を押さえつけていた」
瞬にはもう隠すべきことはなく、その必要もなかった。

「ちょうど謀反の計画を立てている将軍がいて、僕が当てずっぽうに口にした時が、彼の謀反計画の実行日に たまたま重なっていた。それだけのことで、彼は僕に予言の力があると信じ込んだ」
最初に瞬を予言者と呼び始めた男は、本来 謀反などという大事を為すには小心すぎる男だった。
あるいは、人は誰でも大事を為そうという時には成功を約束してくれるよりどころを求めるものなのかもしれないと、瞬は思っていた。

「侵略者が謀反人に残虐に殺されるのを見て、僕は気付いたんだ。人の世は因果応報、何かが起こるには必ずその原因があって、起こった何かは必然の結果、当然の結果なんだということに。原因となるものを見極め、客観的に判断すれば、その結果が何かわかる。戦も政治も」
「おまえの予言が外れたことはないのか」
「一度も」
軽い口調で、瞬は言い切った。
「戦や権力を好む人間は皆、単純で愚かだ。僕がほんの幼い子供だった頃から、僕に見透かせないことなど一つもなかった」

予言の実績がある程度 積み重なれば、それは信仰になる。
その信仰を利用して、瞬は西戎の者たちを操ってきた。
だが、その瞬の力をもってしても彼等の欲心を打ち消すことだけはできず、それゆえ瞬は、己が力を専ら自分が生き延びるために使うことしかできなかった――国の民のために用いることができなかった――のだ。
氷河がこの城にやってくるまでは。

「おまえの王家が滅びていなかったら、おまえはさぞかし良い治世者になっていただろうな。聡明で、すべてを見透かし、判断を誤ることもない。この国も、富み栄え――」
自分より年下の“子供”の聡明と自信に舌を巻く気持ちで、氷河は夢物語を口にした。
それが誰にとっての夢なのかは、語る氷河にもわかっていなかったが。

瞬は、だが、氷河の語る夢物語を遮った。
「予言の力などなくても、僕の父はそれをしていた。大切なのは愛情なのだと思う。国を愛し、民を愛し、その幸福を願うこと。ただ、僕の父は人の野心や邪心に思いを馳せることのできない人間だったから――愚かなほどに善良だったから……」

あなたはどうなのだと、瞬の瞳が問うている。
北狄の王が生きるための礎としているものは、愛か力か、あるいは才知か。
それいずれかをしか持たない者の不幸を、瞬はこれまで嫌というほど見せられ、また経験してきたのだ。
「僕の知恵は、死と背中合わせの知恵だよ。僕自身が生き延びるために培われたもの。平和の時が続いていたら、僕はずっと愚かな王子のままでいた――愚かで幸福な王子のままでいられた」
「どっちがよかったんだ?」
「愚かでいられた方がよかったに決まっている」

迷いもなく断言する瞬に、氷河は憐憫を覚えた。
そして、やりきれないほどの悲愴を感じた。






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