二人の門限の真の意味を星矢がやっと理解しかけた時、彼等の目の前にあったドアが静かに開かれた。
少し気まずそうな目をして、だが、それ以上に嬉しい戸惑いに支配されているように明るい表情をした瞬が、そこに立っていた。
もちろん、その瞳はもう濡れてはいない。

「瞬……!」
氷河は――氷河もまた、安堵より喜びの色の勝った弾んだ声で、瞬の名を呼ぶ。
そんな氷河を見上げ、見詰め、瞬は少し気恥ずかしがっているような表情で、それを提案してきた。
「あのね、氷河。僕、いいこと考えたんだ。僕、明日はケーキ屋さん巡りに行こうと思ってたんだけど――氷河、一緒に来てくれる? それなら、帰りが遅くなっても、出先で点呼をとればいいでしょう? 僕、氷河がケーキ屋さんの甘い匂いが嫌いだから、これまでどんなに寂しくても我慢して 一人で出掛けてたんだけど、門限破りになるよりは、甘い匂いを我慢してる方がずっといいんじゃないかと思うんだ」

瞬のお許しを得られたことを知った氷河が、一瞬のためらいもなく、瞬の提案に頷く。
「そんな気遣いは無用だったのに。俺はおまえと一緒にいられるなら、バニラの匂いもバターの匂いも我慢するぞ!」
「氷河……」
氷河の雄々しい決意表明に、瞬はいたく感動したらしい。
頬を上気させて、瞬は言葉を継いだ。

「その代わり、氷河が格闘技観戦に行く時には、僕も付き合ったげるね。シロートの格闘って、何のためにしてるのか 僕にはよくわからないんだけど、氷河と一緒にいられるなら、僕、きっと楽しめると思うんだ」
「瞬、俺のために無理はしなくていいんだぞ」
「無理なんかしてないよ。僕はただ、少しでも長く氷河の側にいたいだけ」
「瞬……」
そう言って、二人は二人を見詰め合った。
互いの姿を映しとっている二人の瞳は、情熱の色をたたえて熱っぽく輝いている。
そして二人は、やがて どちらからともなく笑み崩れた。

「僕たち、最初からこうすればよかったね」
「俺たちは、互いに互いを気遣いすぎていたのかもしれないな」
いつのまにか室内に入ってしまっていた氷河の手が、さりげなく瞬の肩を抱く。
瞬は ほんのりと頬を朱の色に染め、氷河に頷いた。
「ね。氷河がさっき言ってたの、ほんと? 氷河だけが僕だけのために……って」
「無論、本当だ。これからたっぷり、その証拠を見せてやる」
「わあ、恐い」
星矢と紫龍に聞き取ることのできた氷河と瞬の会話は、ここまでだった。
二人は、星矢と紫龍に『おやすみ』も言わずに部屋のドアを閉じ、二人だけの世界に飛んで行ってしまったのである。


「うー……」
事ここに至って、自分が犬も食わないものを食してしまったことに、星矢はようやく気付いた。
否、星矢が食したものは、犬も食わない夫婦喧嘩ではなく、最初から最後まで、ただの のろけだったのだ。
徹頭徹尾、恋し恋されている者たちの のろけにすぎなかったのである。
星矢が――そして、紫龍も――その事実に気付いた時、ちょうど城戸邸のエントランスホールにあった年代物の柱掛け時計が12時の鐘を打った。
氷河と瞬はまだ恋の魔法の中にいるのだろうが、星矢と紫龍は、その鐘の音を聞くことで、悪夢のような妖術から解放されたような感覚を味わうことになったのである。

シンデレラ姫の魔法が解けたのは、彼女がまだ王子に恋をしていなかったからに違いない。
本当に恋をしていたら、その魔法は10時を過ぎようと12時を過ぎようと解けることはない。
12時の鐘が鳴り明日になっても、恋人たちにかけられた魔法が解けることはないのだ。
――恋をしていない者たちにとっては 傍迷惑なことに。






Fin.






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