シュンを納得させるには、孤独を嫌う その身体を抱きしめてやるのが最も有効な手段である。 さすがに今は性交は無理だったが、ヒョウガは床に横にしていた身体を起こし、怪我を負っていない方の腕で、シュンの肩を抱き寄せ、抱きしめた。 一人でいることが嫌いなシュンが、ヒョウガの温もりに触れた途端に素直になる。 素直になったシュンは、そして、ヒョウガにとんでもない告白をしてくれた。 「僕は――ヒョウガは、お母さんに抱きしめてもらうことの代わりに 僕を抱きしめてくれてるのだと思ってた……」 考えてもいなかったことを言われて、ヒョウガは瞳を見開いたのである。 「俺は自分の母親と寝る趣味はないぞ! おまえこそ、俺を兄の代わりにしていただろう」 「兄さんはあんなことする人じゃありませんっ! 兄さんを侮辱する気っ !? 」 ヒョウガの腕の中で、シュンが気色ばむ。 シュンの涙はもう乾いていた。 二重の意味で、ヒョウガは安堵したのである。 「それにしては、おまえ、毎晩、俺の下で兄を呼んでばかりいたぞ。結構傷付いた」 「僕は、ただ、ヒョウガに抱きしめられてると自分がヒョウガの中に溶けてしまいそうになって、自分が消えてしまいそうで、それが恐かったから」 「なに?」 いったいシュンは、彼を抱いている男の下で いつも何を考えていたのか――。 思いがけないことばかり知らされて、ヒョウガは少々面食らい始めていた。 「ヒョウガのせいで恐いのに、ヒョウガに助けてもらえるなんて思わなかったから」 「それは一理あるが……」 「それに、ヒョウガは僕を好きで あんなことしてくれるわけじゃないと思ってたし」 本当にシュンは、なぜそんな見当違いな誤解ばかりをしているのか――ヒョウガにはその点がどうにも理解しかねた。 シュンは人に愛されるための資質が自分に備わっていることを、まるで自覚していない――のだろうか。 「俺はおまえを好きだが」 「会って、その日のうちに好きになんてなるはずない」 「おまえは、会ったその日のうちに俺に身を任せてきたぞ」 「僕は、だって、ずっとヒョウガに憧れてたんだもの。ヒョウガに会う前から、僕はヒョウガになりたいと思っていたから――」 「なのに、俺と溶け合うのは恐いのか」 「――」 シュンは、返答に窮した。 『恐いのか』と問われれば、『恐い』と答えるしかない。 しかし、それは明確に矛盾した思考であり感情である。 そして、シュンはやっと気付いたのである。 シュンは、ナターシャの前ではヒョウガになりたかった。 ナターシャに愛されているヒョウガを羨み、ヒョウガになりたいと思っていた。 実際にヒョウガに出会い、ナターシャを求めているヒョウガに抱かれているうちに、今度は、ヒョウガに愛されているナターシャになりたいと思い始めた。 だが、シュンが本当になりたかったものは、“ヒョウガ”ではなく、“ナターシャ”でもなく、“シュン”そのものだったのだ。 “シュン”として、誰かに愛されること――。 シュンが求めていたものは、結局のところ いつも、自分が愛している人に愛されることだった。 「まあ、一つに溶けてしまったら、もうデキないしな」 黙り込んでしまったシュンの髪に指を絡め、ヒョウガは冗談口調でそう言った。 「ごめんなさい……」 その瞼をまた伏せてしまったシュンに、ヒョウガが嘆息する。 この落ち込みやすい恋人を元気にするいちばんの良策は、少しでも早く肩の傷をふさぎ、失った血を取り戻して、快癒した身体の下で思い切り喘がせてやることなのではないかと、ヒョウガは(極めて自分に都合よく)考えた。 「もう謝るな そんなことより、さっさと俺を好きだと言え。ずっとここにいろと言ってくれ。俺に、おまえと一緒に幸福になるという新しい目的をくれ」 「ヒョウガ……」 情熱的なのか控えめなのかの判断が難しいヒョウガの恋人は、もちろんすぐに求められたものを彼に与えてくれたのである。 波の音は、もう寂しいものではなくなっていた。 Fin.
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