綿密なSF考証が受けて、特に米国で大ヒットした日本産某アニメ映画の凱旋ロードショーが 先週から始まっている――という事実を、もちろん紫龍は知らなかった。 が、彼を驚かせたのは、そんなジャパニメーションの海外での高い評価ではなく、国内公開当初には鳴かず飛ばずの興行成績しかあげられなかった逆輸入アニメが現在空前の大ヒットを飛ばしていることでもなく――瞬が、その映画鑑賞のお供として自分を指名してきたことだったのである。 「俺か? 氷河じゃなく?」 「氷河はアニメなんか見ないでしょ」 「アニメなら、星矢の方が喜ぶだろう。だいいち、その映画――『甲殻警官隊』といったか? それは、あれか。カニが主人公の映画なのか? 俺はカニは嫌いだぞ」 「甲殻警官隊じゃなく、攻殻警官隊! 攻撃の『攻』に、タマゴの殻の『殻』! 人類存亡の危機に、強化した肉体を持った人類が立ち向かっていく近未来SFアニメだよ」 「どっちにしても、お子様向けアニメだろう」 紫龍は別に、その作品を馬鹿にしているわけではなく、また絶対に観たくないと思っているわけでもなかった。 彼はただ、この異常事態に際して、不気味な沈黙を守っている氷河の視線が恐かっただけなのである。 彼の憎悪と怨念と嫉妬が込められた視線の集中砲火から逃げたかっただけだった。 「瞬、ここはやはり氷河と――」 「紫龍、僕と出掛けるのが嫌なの?」 瞬が、殊更 切なげな目をして、つれない長髪男を見上げてくる。 それで、紫龍の心臓は跳ね上がった。 瞬の半分潤んだ眼差しなどに、胸をときめかせたわけではない。憎悪と怨念と嫉妬の込められた氷河の視線が、その上更に 殺気まで帯び始めたことに、紫龍は己れの生命の危機を感じ取ったのである。 「いや、そういうわけでは……」 「僕は、紫龍と行きたいの!」 氷河の殺気だった視線に、瞬は全く気付いていない。 今の瞬の意識は紫龍にだけ向かっており、その事実が更に一層 氷河の神経を逆撫でしているようだった。 氷河の心情が、紫龍には手に取るようにわかっていたのである。 星矢とは少々異なる次元で、氷河は実にわかりやすい男だった。 それでも――。 「……お供つかまつります」 紫龍は、瞬に そう答えるしかなかったのである。 氷河の燃えるように冷たい視線は、もちろん紫龍とて恐ろしかった。 が、氷河と瞬を比べれば、彼は、瞬の方がはるかに恐かったのである。 (俺は、行きたくて瞬と一緒に映画なんかに行くわけじゃないぞーっ !! ) 紫龍は、胸の内で必死に氷の聖闘士に訴えたのだが、その声はおそらく氷河の耳には届いていなかった。 |