「か……かれーっっ !! 」 瞬が言うところの“本格的エチオピア風カレー”は、日本が世界に誇る大怪獣ゴジラのように、星矢の口から火を吹かせた。 それは、大量投入したタマネギの甘さなどどこにも残っておらず、唐辛子を生のままかじった方がどれだけましかと思うような、ただただ痛烈な刺激だけでできた代物だった。 無鉄砲と猪突猛進を絵に描いたような星矢でさえ、二口目に挑戦しようとは、死んでも思わないほどに。 「星矢、それシャレのつもりなの」 「そーじゃないけど……。瞬、おまえ、ほんとにアンドロメダ島でこんなモン食ってたのかよ!」 こうなることを見越して紫龍が用意しておいた砂糖入り麦茶を1リットルほど胃の中に流し込んでから、ほとんど非難するように、星矢が瞬を問い質す。 それに対する瞬からの返事は、 「まさか。あの島には調味料は塩しかなかったよ。でも、本土に行くとこうなんだって」 というものだった。 「ほんとかよ……」 実に実に嘘っぽい――と、星矢は思ったのである。 無論、広い世界には、ゲテモノ食いの人間もいれば、激辛好きの人間もいるだろう。 それはわかっていたのだが、このカレーは、到底甘党の瞬が好んで作る類の料理ではない。 普通に考えれば、瞬のその言葉は、失敗した料理への言い訳としか思えないようなものだったのだが、事実はそうではないようだった。 少なくとも、瞬は、自分が料理に失敗したとは思っていないらしい。 その証拠に、瞬は、 「だとしても、今はカレーの王子様ばっかり食ってるおまえには、これを食うのは無理だと思うぞー」 という星矢の親切な忠告に、 「作った本人が食べないなんて、無責任じゃない。言ったでしょ。アンドロメダ島には調味料は塩しかなかったって。お砂糖なんかなくて、甘いものは滅多に食べられないとこだったんだから。ちょっとくらい からくたって、僕、全然平気だよ」 と言い放ち、その不気味な色をした物体をスプーンですくい、ためらいもせずに口中に運んだのである。 途端に瞬は涙目になった。 無言で、紫龍が準備していた砂糖入り麦茶に飛びつき、たて続けにグラスで3杯それを飲む。 それから5分間ほど深呼吸を繰り返してからやっと、瞬は、自身が味わった苦痛を言葉にすることができるレベルにまで、心身を回復させることができたらしい。 瞬は、その瞳からぽろぽろと大粒の涙をこぼして、 「い……痛い……舌が痛い〜っ !! 」 と、悲鳴をあげた。 「だから言ったのに」 「だ……だって、いくら何でも、こんなにからいなんて思わなかったんだよ!」 あきれたようにぼやく星矢に、瞬が泣きながら噛みついてくる。 星矢としては、自業自得と言い切ってしまいところだったのだが、さすがに心身に手ひどい打撃を受けたばかりの瞬に対してそこまで冷酷になることは はばかられ、彼は沈黙を守った。 そこに、氷河の抑揚のない声が割り込んでくる。 「いや、これは美味いぞ。俺は、こんなうまいカレーを生まれて初めて食った」 瞬への愛と紫龍への怒りが彼の味覚を狂わせているのか、あるいは彼は 瞬への愛のために命懸けの忍耐に挑んでいるのか――おそらく後者であろう――、氷河は(一見)平然とした様子で、瞬が作った本格的エチオピア風カレーを食し続けていた。 彼のこめかみの血管は微妙に浮き、かつ、うねっている。 それは、彼の全身の血管が、からさによって沸騰した血液を彼の肉体のすみずみにまで行き渡らせていることを、如実に示していた。 星矢でさえ同情と感動を覚えた氷河のその健気に、だが、瞬は、心を動かされた様子をかけらほども見せなかった。 心を動かれるどころか、瞬は、氷河のその健気な言動に気付いたふうもなく、その視線を無情に――氷河に対しても紫龍に対しても無情に――龍座の聖闘士の方へと移してしまったのである。 瞬の視線の先で、青銅聖闘士の中では最も一般人に近い男であるところの紫龍は――あくまでも、青銅聖闘士の中では、である――この尋常でなく からい炎の料理を、淡々と食していた。 氷河ならともかく紫龍が 「こんな辛いもの、紫龍はどうして平気なの」 「ん? いや、俺はなにしろ、テーブルの脚以外は何でも食べる国で修行してきたからな。これくらい、どうということもない」 「どうして紫龍は泣かないの……」 瞬の瞳が再度潤み始めたのは、今度はカレーのからさのためではないようだった。 「紫龍のばかっ!」 まるで、自身の無力に身悶えするように、瞬が紫龍をなじり、怒鳴る。 紫龍は、いったいなぜ、自分が瞬になじられることになるのか、どうにも合点がいかなかったのである。 その時 彼に理解できたことは ただ一つ。 泣きながらダイニングルームを飛び出していった瞬のせいで、自分に向けられる氷河の憎しみが更に増大したことだけだった。 |