気の毒になるくらい表情を強張らせた瞬を見て、星矢は少しばかり この“清らかな”仲間をいじめすぎたかと、反省したのである。
彼は、慌てて、その顔に笑いを貼りつけた。
「ま、それは単なる嫌味だけどさ。氷河はしたいに決まってるんだから、氷河を犯罪者にしたくなかったら、おまえの方から誘ってやった方がいいぞ」
「……そんなことできるわけないでしょう」
いくら星矢が瞬のためにこの話題を冗談にしてしまおうとしても、肝心の瞬が乗ってこないのでは、場の空気は重くなるだけである。
にこりともせずに星矢の助言を拒むことで、瞬はその場の空気を更に重くした。

「なんでだよ」
「……」
星矢が反射的に問い返し、その問いに対する瞬からの答えは返ってこない。
「ふーん……」
そういうわけで、星矢は探るような視線を瞬に向けることになったのである。
“それ”と“これ”とは話が別だという瞬の主張を、彼は言葉通りに受けとめる気になれなかった。

“お心清らかな”瞬の常識が、世間一般のそれとは少々異なっている事実は、星矢とて知っていた。
だが、瞬は、だからといって他人の常識を考慮できないほどの馬鹿でもない。
まして、自分の常識を他人にまで適用しようとすることなどありえないのだ――いつもの瞬なら。
何か別の理由が、瞬にそんなことを言わせている。
星矢には、そうとしか考えられなかったのである。
「そ……その『ふーん』はどういう意味なの?」
いかにも迷いを乗せた様子の瞳をして、瞬が挑むように星矢を問い質してくる。
が、瞬の挑戦的な態度には、どうみても無理があった。

「いや、氷河もおまえと同じ考えだったらいいなーと思ってさ。氷河も、『好き』と『あれ』とが直結してないなら、そりゃあ無問題だろうけど」
瞬の常識よりも自分のそれの方が より一般的だという自信のある星矢の物言いは、瞬と違って 極めて自然に強気だった。
途端に、瞬の瞳に涙の膜がかかる。

「どうしてそんな意地悪言うの。僕が氷河を好きになったのは、僕のせいじゃないのに!」
「じゃあ、誰のせいだよ? 氷河のせいか?」
「知らない……。僕はただ、氷河に好きだって言われて――言われたら、その時から氷河のことしか考えられなくなっただけだもの」
「だから、好きなんだろ。なら、思い切って やっちまえって」
「いやだよ! 僕は、氷河とそういうことがしたくて、氷河を好きになったんじゃないんだから!」
「じゃあ、おまえは何をしたくて氷河を好きになったんだよ!」

星矢はいい加減、“焦れる”を通り越して腹が立ってきてしまったのである。
自分の“清らか”を通そうとするのは瞬の勝手だが、そこにはおのずから限度というものがあってしかるべきではないか。
この世は瞬ひとりでできているものではない。
清廉も貪婪も、度を超せば、それは人の世から排斥されるようにできているのだ。
瞬ひとりが清らかでいることは構わないが、ならば瞬は、氷河に好きだと言われた時に 否と答えるべきだったろう。
同性同士ということを考慮に入れても、わざわざ自分以外の誰かに『好き』と告白する行為は、『好き』という言葉の先にあるものを求めてのこと――というのが常識的な考え方だと、星矢は思っていた。
そういう意味で、星矢の中では、『好き』と『あれ』は直結していたのである。

しかし、瞬の『好き』の目的は、全く別次元にあるものだったらしい。
瞬のそれは、
「僕は、氷河が悲しかったり、苦しんでたり、傷付いてたりした時に、誰より側で慰めてあげる権利が欲しかったんだ。それだけだよ」
――というものだった。
「氷河に好きだって言われた時、『僕も』って答えれば、その権利が手に入ると思った。僕はその権利がほしかった。それだけじゃ駄目だっていうのなら、僕は氷河を好きじゃないことになる!」
「……」
瞬の剣幕に気圧けおされて、星矢は思わず、自分の横にいた紫龍に救いを求める視線を投げてしまったのである。
が、紫龍も、これには返す言葉がなかったらしい。

「いや……それが『好き』ってことだとは思うけどさぁ……」
それを、“お心清らかな”瞬らしい『好き』の目的だと、星矢とて思わないでもなかった。
だが、星矢には、瞬の言動が、どこか不自然で無理をしているように感じられて仕方がなかったのである。






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