その後も、瞬の夢は終わらなかった。
星矢とのやりとりから3日後の朝、夢は終わらないまま、夢の中で、しかし、瞬は頭から冷水を浴びせかけられてしまったのである。

その日、特に外出の予定のなかった瞬は、兄と氷河の姿が邸内にないことに気付き、二人の所在を星矢に尋ねた。
彼からの返事は、
「さっき二人で出掛けてったぜ」
というもの。
「え?」
「ミリタリー展だとさ。2年前の最新鋭攻撃機に体験搭乗ができるとか何とか言ってたな。おまえは嫌がるだろうからって、さっき二人で こそこそ出てったよ」

「そんな……」
星矢の言葉に、瞬は大きな衝撃を受けたのである。
氷河と兄に仲良くなってほしいと思っていたのは事実だが、瞬は、そういう仲の良さ――自分を輪の外に置いた仲の良さを二人に期待してはいなかった。――期待していなかったことに、瞬は、今になって気付いたのである。

その日、一輝と氷河は夜遅くに、楽しそうに笑いながら帰ってきた。
瞬だけ置いていったことへの詫びだと言って、二人は瞬に土産を買ってきてくれたのだが、瞬は二人の気遣いを素直に喜ぶことができなかった。
その上、仲間たちのいるラウンジには腰を落ち着けず、帰宅した二人は二人きりで、そのまま氷河の部屋に引きこもってしまったのである。
兄と氷河に放り出された形になった瞬は、声も言葉も失ってしまったのだった。

「これは、実に思いがけない展開だな」
その様を見た紫龍が、興味深げに呟き、
「なーなー。あの二人がデキたりしたら面白くないか?」
星矢が悪質な冗談を口にする。
それは実は決して“冗談”と限ったものでもなかったのだが、瞬にはそれはどうにも受け入れ難い仮定文だった。

「冗談はやめてっ! 兄さんが氷河に押し倒されるとこなんか、僕見たくない! 考えたくもない!」
「フツーは逆を考えないか?」
瞬の発想と感性に、星矢が呆れたような顔になる。
瞬は、しかし、星矢のぼやきなど聞いていなかった。
瞬はひたすら、幸福だった夢の急転直下の展開に混乱していたのである。

そんな瞬に、星矢が気遣わしげな目を向けてくる。
やがて、彼は、瞬に言った。
「なあ、やっぱり変だと思うだろ? あの二人が、おまえを放っぽって仲良く部屋に引きこもってるなんてさ。不自然なんだよ、どう考えたって」

不自然なのは、この現実が夢だから――自身にそう言い聞かせようとしている自分に気付き、瞬は苦いものを感じ始めていた。
つい昨日までは、この夢を歓迎し喜んでいたはずなのに、自分に都合が悪いことが起きると、途端に『所詮は夢だ』ということにしてしまおうとしている自分が、みっともないものに思えて仕方がない。
瞬は、“夢”にしっぺ返しを受けている気分だった。
もっと早くに、自分はこの夢の不自然と真剣に対峙すべきだったのだと、瞬は悔やむことをした。

「そろそろ、そのお星サマの魔法ってやつには終わってもらわなきゃならないと思うんだ。俺はやっぱりさ、あの二人には、おまえを間に置いた殺伐陰険漫才してくれてる方が落ち着くんだよな」
「うん……」
「そう気を落とすな。とにかく確かめに行ってこよう。この事態が、本当に“お星様”のせいなのか、あるいは あの二人に何か考えるところがあってのことなのか――そこを確認しないことには話が始まらない」
「うん……」

星矢と紫龍に促され、瞬は、現実と向き合う覚悟を決めた。
仲間たちに付き添われる形で、氷河の部屋に向かう。
「氷河……兄さん……」
瞬は、一度大きく深呼吸をしてから、氷河の部屋のドアをノックしたのだが、中から返事は返ってこなかった。
まさか本当に兄が氷河に押し倒されているのではないかと不安になった瞬が、恐る恐る氷河の部屋のドアを開ける。
その途端、瞬を出迎えたものは、氷河の異様に明るい笑い声だった。






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