瀕死の瞬王子のその言葉を聞いた美の女神は、なんだか神である自分が人間である瞬王子に負けてしまったような気がしたのです。 恋のために、瞬王子は若くして死んでいきます。 それは、世の人の目には不幸な死に見えるでしょう。 人間たちは女神の呪いが成就されたと思い、美の女神の権威は これまでよりも高まるかもしれません。 けれど、実際には瞬王子は自分を不幸だと思っておらず、自分に呪いをかけた女神への感謝の気持ちでいっぱいなのです。 少なくとも、この場にいる者たちはその事実を知っているのです。 美の女神の敗北を。 それでもいいと、女神は思いました。 いっそ 堂々と己れの敗北を認めてやろうと、彼女は思ったのです。 そして、できれば、瞬王子の命をながらえさせてやりたい――とも。 ですが、死にかけている人間の命を神が救うには、それなりの理由が必要です。 『気が変わったから、呪いは そんなふうに美の女神が迷っている時でした。 氷河王子の登場で脇に押しやられた格好になっていた兄君に、瞬王子が謝罪の言葉を告げたのは。 「兄さん、ごめんなさい。僕、兄さんに迷惑をかけるばかりでした。一国の王子として生まれていながら、国のためにも兄さんのためにも何の力にもなれないまま、こんなことに――」 「王子 !? 」 瞬王子の言葉に仰天したのは、その場でただ一人、瞬王子が王子だということを知らずにいた美の女神だけでした。 「し……しかし、恋人も男に見えるが」 氷河王子は男でしたから、男に見えるのは当然です。 と、それはともかく、衝撃の大事実を知らされた美の女神は、おかげで とてもいいアイデアを思いついたのです。 呪いを成就させ、神の権威を守り、瞬王子を死なせずに済ませるための、とてもいいアイデアを。 「なんと、男同士の恋とは。この恋は不幸に決まっているな。やはり、我が呪いは成就されたのだ」 美の女神は、わざと勝ち誇ったように、瀕死の床に就いている瞬王子に言いました。 「神の誇りを傷付けた者を簡単に死なせてなるものか。そなたたちは永遠に愛し合って、永遠に不幸でいればよいのじゃ」 美の女神がそう言い終えた時、瞬王子の消えかけていた命の炎は再び大きく燃えあがりました。 不安と絶望に食い尽くされかけていた力を、美の女神が瞬の身体に呼び戻してくれたのです。 瞬王子の頬は以前のように薔薇色に輝き、たった今まで暗く沈んでいたお城は喜びに包まれることになりました。 何はともあれ、恋も知らずに死んでいくのだと思われていた不幸な王子が、その命を取りとめることになったのですから。 氷河王子が瞬王子の蘇生に狂喜したことは言うまでもありません。 もっとも、瞬王子と氷河王子の恋が周知のことになると、二人の恋を嘆く者や難じる者も幾人かは出てきましたけどね。 常識的な幸福というものに照らし合わせてみれば、確かに氷河王子と瞬王子の恋は不幸な恋なのかもしれませんでした。 実際、瞬王子の兄君は、瞬王子の回復を喜びつつも、瞬王子の恋人が男だということに大層憤り、落胆し、瞬王子の不幸を嘆きもしたようでした。 でも、瞬王子は幸せでしたし、氷河王子も幸せでした。 誰が何と言おうと、誰が二人のことをどう思おうと、二人は幸せだったのです。 氷河王子と瞬王子は、粋な計らいをしてくれた美の女神に感謝して、女神を祭る神殿を建てました。 美の女神はすっかり機嫌を良くして、それ以降 瞬王子と氷河王子に特別の祝福と庇護を与えてくれるようになりました。 美の女神は、もともと綺麗なものが大好きだったのです。 そうして二人の王子様は、美の女神の呪いに守られて、互いに愛し愛されながら共に暮らしました。 二人は どんなときにでも幸せな王子様たちでしたとも。 Fin.
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