『その少年の魔力の源を探り当てよ』というのが、女神アテナによってヒョウガに課せられた使命だった。 そして、その命令を下された翌日には、ヒョウガはイタケに向かう船上の人になっていた。 船も供揃いもすべてを整えてから、アテナはヒョウガにその命令を下した。 準備の周到さに比して、命令の下されるのが直前のことになったのは、彼女がその命令を誰に命じるべきかをぎりぎりまで迷っていたためだったろう。 彼女が、各種の任務や儀式にアテナの名代として遣わす者は、いつもなら12人の黄金聖闘士たちのうちの誰かと決まっていたのだ。 が、彼等は現在、全員がアテナの許にいない。 彼等はそれぞれが、アテナの忠実な だが、彼等が全員アテナの許に不在という事態は前代未聞のことだった。 女神アテナを頂点とする聖域のヒエラルキー。 その中でヒョウガは、本来ならば、今回もその12人のうちの誰かの副官として任務に当たることがあったかもしれない程度の若造に過ぎなかった。 しかし、アテナに従う者たちを統べる立場にある12人の将 全員が、今 聖域にはいない。 あろうことか、彼等は皆、恋にうつつを抜かして、ヒョウガがこれから向かおうとしているイタケの島にいるのだった。 アテナの命令の意図するところは、12人の彼女の腹心に、女神アテナの奉じる平和のために戦うという責務を忘れさせた魔性の正体をあばき、彼等を本来のアテナの闘士に戻すことだったろう。 アテナの十二将が揃いも揃って恋に落ちた相手もまた、現在はイタケにいる。――というより、その少年がイタケにいるので、黄金聖闘士たちも その小さな島国に行ってしまったと言っていい。 その少年は、最近では、ギリシャ中の人々に『トロイのヘレンの再来』と噂されていた。 アテナの12人の黄金聖闘士といえば、それぞれがギリシャ内外に名を馳せた英雄豪傑賢人たちである。 一国の王も数人いた。 それらをことごとく魅了して本来の責務を忘れさせ、あまつさえ、一枚岩であるべき12人の黄金聖闘士たちの間に不和の種を撒いている少年。 かつて その美貌で地中海世界を騒乱の渦に巻き込んだヘレンの再来と呼ばれるのも、過ぎた風評ではなかっただろう。 問題の少年は、高貴な身分の者ではなく、クレタ島で活躍中の劇作家の甥ということだった。 当年とって16歳。 人に誇れる経験も学もなく、若さと美しさだけが武器の一人の少年が一人の青年を魅了するには最適の年齢だろうが、10人以上の、それも地中海世界に名を馳せた英雄たちばかりが その少年に血道をあげているとあっては、騒乱時以外の諸将の言動には最大限の自由を認めているアテナも、さすがに捨て置けなかったのだろう。 魔に魅入られた、ギリシャにその名を馳せた英雄たち。 その中には、ヒョウガを女神アテナに仕えることのできる聖闘士にするまで育てあげてくれた、彼の恩師までが含まれていた。 |