[II]






「シュンは確かに誰にでも優しい。だが、私だけは特別なんだ。本当は私だけを愛してくれている」
黄金聖闘士たちは 皆が皆、口を揃えて そう言い続ける。
シュン自身が意図して そう振舞っているのか、あるいはやはり他の神の力が作用しているのか、その判断はつきかねるが、シュンが他人に『自分はシュンにとって特別だ』と思わせる術を心得ているのは事実のようだった。

そして、ヒョウガもまたその術にはまりつつあった。
シュンが自分にとって特別な存在で、自分もまたシュンにとって特別な存在なのだという考えを、どうしても捨てることができない。
気がつくとヒョウガはシュンの姿を捜し、目はその姿を追っていた。
他の黄金聖闘士たちはもちろん、恩師であるカミュや、シュンにはイカレ・・・ていないはずの老師にまで、ヒョウガは嫉妬を覚えるようになっていた。
老師は、たまたま手に入れることになった気配りのできる見目良い小姓が気に入っているらしく、ちょっとした外出にはシュンを伴うことが多かったので――ヒョウガの妬心は、主に、シュンに触れる権利を有しているただ一人の黄金聖闘士に向かうことになってしまったのである。

「あのご老体と寝てるのか」
ある日ヒョウガは思いあまって、シュンに尋ねてしまっていた。
シュンが、非難の色を帯びたヒョウガの面詰に驚き、目をみはる。
「そんなことをはっきり訊いてきたのは、あなたが初めてです」
シュンは、しかし、ヒョウガの知りたいことに――それは知りたくないことでもあったが――明瞭な答えを返してよこさなかった。
重ねて問い質すこともならず、ヒョウガが唇を引き結ぶ。
イタケの王は、そういったことからは とうの昔に上がって・・・・しまっているようにしか見えないが、そんな老体でも 魔性を秘めた少年相手なら勃つのかもしれない。
その場面を想像して、ヒョウガは背筋をぞっと凍りつかせた。

「僕が陛下のものでいる限り、平穏が保たれるんです」
なぜシュンは はっきり『老王とは寝ていない』と言ってくれないのか、言わないことは肯定なのか否定なのか――言を左右に託すようなシュンの態度に、ヒョウガは抑え難い苛立ちを覚えたのである。
「一触即発の危機をはらんだ平穏だがな。この城には、おまえの崇拝者が うようよしている。誰もがおまえより力のある強い男ばかりで、おまえは奴等に手込めにされたこともあるんだろう」
「あの方々は、皆さん、とてもプライドが高いんです。ですからその……その時には、僕の方から あの方々を求めて行くものと思っていらっしゃるようです」
ヒョウガの刺々しい口調に、シュンが心許なげに首をかしげる。
それからシュンは、戸惑ったように眉根を寄せた。

「今日のあなたは変ですね。海を見詰めていた時のあなたとは別人みたい」
「同じだ。海の代わりにおまえを見ているだけだ」
「……」
苛立ちが、ヒョウガを正直にさせていた
ヒョウガがシュンに老師との関係を問い質せないように、シュンもまた、ヒョウガに彼の言葉の真意の説明を求めることはできなかったが。






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