シリュウの予言は、10日どころか5日もしないうちに現実のものとなった。 あれほどシュンに執着し、シュンに愛されていることを確信しているようだった黄金聖闘士たちが、突然憑き物が落ちたような顔になって、イタケの島から各々の領国に帰り始めたのである。 ヒョウガは、訳がわからなかった。 「だから、おまえの手柄だと言ったろう。おまえに恋をしてしまったシュンは、おまえしか見えなくなって、おまえ以外の人間の細かな感情までは読み取れなくなってしまったんだ。当然、例の魔力も綺麗さっぱり消えてしまったわけだ」 地中海世界に 二度目のトロイ戦争が起きるのではないかという不安を撒き散らしていた魔性の少年は、今はその魔力を失い、頼りない肩をして、最後の黄金聖闘士を乗せた船が消えていった東の海を見詰めている。 シュンが寂しそうにしている理由が、今ではヒョウガにもわかっていた。 シュンは、彼が手玉に取っていた男たちの退去が寂しいのではなく――この異常事態が収拾することによって、その解決のために派遣されてきた男もまた、やがてこの島から去っていくだろうことを考えて、気持ちが沈んでいるのだ。 「おまえのせいで魔力を失ったんだ。責任をとれよ」 シリュウの言葉に、ヒョウガは、責任の重さを感じて深刻になるどころか、目一杯張り切って磊落に頷いたのである。 「シュンは俺の領地に連れて帰る。俺だけのものにする。世界中のすべての人間の恋人でいるより、俺だけの恋人でいる方が幸せだと、シュンには わからせてみせる」 ――ヒョウガがシュンにどういう説得を試みたのかは誰もしらない。 ヒョウガがイタケの島を去る時、その船の上には、彼と彼の二人の副官とシュンの姿があった。 「俺さー、おまえもアテナの聖闘士になれそうな気がするんだよなー。おまえには何か、ちょっと普通の奴とは違う小宇宙がある。アテナはそれがわかってたから、わざわざ俺たちをイタケにまで派遣したんじゃないかと思うんだ」 「そんなの、僕には無理だよ。アテナの聖闘士って、特別に選ばれた人だけがなれるものなんでしょう?」 「でも、頑張って聖闘士になれば、いつでもどこでもヒョウガと一緒にいられるようになるんだぜ?」 「え……」 セイヤは、歳の近い友人と別れずに済んだことが嬉しいらしく、帰りの船の中ではずっと はしゃいでいた。 セイヤが軽い気持ちで言った そして、胸に小さな望みを秘めて、ヒョウガのいる方を振り返る。 群青の海は凪いでおり、ほどよく吹いている風は順風。 アテネに向かう船の甲板では、広い世界にどれだけ多くの人間が生き存在していようとも すぐに彼とわかるただ一人の人が、西からの風に吹かれて、海の代わりにシュンを見詰めていた。 Fin.
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