その夜、瞬は、二人暮らしの門出を祝う晩飯を作ってくれた。
山盛りの墨を覚悟してダイニングに入った俺の目の前に現われた料理は、だが、墨の塊りではなく――何かひどく懐かしい風情をした家庭料理の数々だった。
一度の食事に5万もとられるフランス料理のように気取った姿はしていなかったが、見た目も ほどよく品がいい。

本当にこれは瞬が作ったものなのかと疑いながら食った瞬の料理は――死ぬほど美味かった。
ありえない美味さだった。
超一流の寿司屋で出すタマゴ並みに美味いと思っていたマーマの出汁巻き卵より、瞬の作った出汁巻き卵は桁違いに美味かった。

要するに、瞬はこれまで、俺の生活を不都合だらけにして俺に音をあげさせ、家族揃って暮らせるようにするために、わざと家事が下手な振りをしていた――んだ。
外で働いている“お父さん”と バイトのできる年齢の兄の負担を少しでも軽くすべく、瞬は小学生の頃から意欲的に家事をこなしていたらしい。
この家で料理をする時に緊張していたのは、作ったことのない失敗料理を作らなければならないからで、異様に美味いと思っていた瞬の飯は、実は炊飯器ではなく鍋を使って 丁寧に火の加減を調節しながら炊いたものだった。

最初から素直に親たちの結婚を祝福していれば、俺は1ヶ月前からこの美味いメシを食えていたのだと気付いた時の俺の後悔の深さは適当に察してくれ。
感激して『うまい、うまい』を繰り返す俺に、瞬は、
「でも、明日からピーマンを使うよ」
と、いたずらっ子のような目をして宣言した。
だが、俺は、瞬が作るピーマン料理なら簡単に食えそうな気がした。

後日 紫龍に聞いたところによると、瞬がグランプリをとったコンテストというのは ご町内の美少女コンテストなんかじゃなく、某国営放送が主催した全国規模の創作料理のコンテストだったらしい。
瞬は、北は北海道・南は沖縄まで各地の予選を勝ち抜いてきた錚々そうそうたるベテラン主婦たちを抑えて、コンテスト史上最年少で優勝した最初の男子だったんだそうだ。

『ヨメさんにしたい生徒ナンバー1』なのも当然のこと、クラスの奴等が俺を羨んでいたのは、決して瞬が可愛いからじゃなかったわけだ。
もちろん掃除も洗濯も、簡単な日曜大工からガーデニングまで、瞬は家の中のことで できないことはないというマルチタスクかつ熟練のハウスキーパーだった。
その天才ハウスキーパーは、この頃は、
「氷河に食べてもらえるピーマンを使った料理を作るのが目標なんだ」
と言いながら、毎日楽しそうに学業と家事の両立にいそしんでいる。

俺の目下の目標は、もちろん瞬を食うことだ。
瞬は最近 俺の視線に気付くと、ほのかに頬を染めて落ち着かない様子を見せるようになってきた。
多分、まもなく、俺は俺の目標を達成できると思う。






Fin.






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