「氷河は、そ……そんなことのために、僕に優しくしてくれてたの……!?」 瞬は、拳だけでなくその唇と声も震わせていた。 核心部分の説明を紫龍に押しつけた星矢が、そこにまた 調子に乗ってくちばしをはさんでくる。 「そんなことって言うけどさー。大事なことじゃん？ 自然界に存在するオスなんて みんな、そのためだけに生きてるようなもんじゃないか。いわば自然の摂理ってやつだぜ」 男同士で自然の摂理も何もあったものではない。 しかし星矢は――“そんなこと”よりも食欲の方を重視した人生を送っている星矢は――白々しくもしみじみと瞬に言ってのけたのだった。 「これは男のサガってやつだよ。うん」 事態がここまで進展してしまうと、氷河の目的を瞬に知らせることを本来は好ましいことと思っていなかった紫龍も もはや後には引けない状態に陥ってしまっていた。 氷河の目的だけを瞬に知らせて、そこに至った彼の心を理解させないまま瞬を放り出してしまったら、２人の間に不信が生まれることは必定である。 結果として そんな事態を招いた者たちは、氷河に大いに恨まれることになるだろう。 そんなことになったら、固い信頼と友情で結ばれていることが売りだったアテナの聖闘士たちの結束も 空中分解してしまいかねないのだ。 「おまえは奥手だし、一応男同士だし、なまじなことではおまえのＯＫをもらうことはできないだろう。かといって、おまえに無理強いすることはできないし、だから氷河は一生懸命おまえの機嫌をとっているわけだ。その努力に報いろとまでは言わないが、せめて奴の意図くらいは知っておいてやって、もし気が向いたら――」 「……」 もし気が向いたら氷河のナニの相手をしてやれと、紫龍は言うのだろうか。 瞬は、ぞっとしてしまったのである。 親切というものは、報いを求めずに行なうから親切なのである。 だからこそ、その心に報いたいとも思う。 だが、代償を求めた瞬間に、それは打算という醜い行為になるのだ。 よりにもよって氷河が、そんな醜い心をその内に隠していたとは。 瞬の受けたショックは並み大抵のものではなかった。 そんな氷河の意図を酌みとれという紫龍や星矢とて、瞬にしてみれば氷河と大同小異だった。 「そ……そんな見返りを求めての親切なんて……！ 何もされない方がずっとましだよっ！」 これ以上、仲間たちの顔を見ていたくない。 そう言い捨てて、瞬は次の瞬間には その場から脱兎のごとく駆け出していた。 「……俺、まずいこと言っちまったかな」 「だから、ごまかそうとしていたのに――」 急いては事を仕損じる。口は禍いのもと、後悔先に立たず、すべては後の祭り。 |