星矢は、紫龍と瞬のやりとりの意味するところが全くわからなかったのである。
瞬が氷河を恐れる理由も、紫龍の言う『よくあること』の正体も、瞬がその正体に気付いているのかどうかすら。
もう少し第三者にもわかるような会話と行動を、星矢は仲間たちに要求したい気分だった。
「どーなってんだ?」
「どうなっている……と言って、事態は明白だろう」

その明白な事態を明白と思うことができないから、星矢は紫龍に尋ねたのである。
望む答えを得られなかった星矢は、思い切り機嫌を損ねて、口をへの字に引き結んだ。
「瞬は氷河に恋をしている。初恋だ。今時、珍しいほど正統派の恋愛だな。惚れた相手のことしか考えられなくなるという、ごくありがちな症状を呈しているだけのことだが、瞬はそういうのに免疫がなくて、戸惑っているんだ」
指示語や婉曲的な修辞を解さない仲間のために、紫龍が直接的な言葉を使って状況を説明する。
「へっ?」

まだるっこしい言い回しを用いず 最初からそう言ってくれれば、自分にも容易に現状把握ができたのに――と、星矢は思った。
いずれにしても、ようやく把握できた その“現状”が、星矢にとって意外なものだったことに変わりはない。
星矢は間の抜けた声をあげ、その瞳を見開くことになった。

それが聖闘士同士のことで、命を賭けた闘いを共に闘う仲間同士のことで、かつ男同士のことだったから、星矢は、把握した現状を意外に思った。
だが、氷河と瞬の間のことだと思えば、星矢はそれをさほど意外なこととは思わなかったのである。

瞬は事あるごとに氷河を気遣っていたし、氷河は――氷河もまた、それに応えるように瞬には優しかった。
自分が他人に与える気遣いには無頓着なくせに、瞬は、自分が他人から与えられる優しさには敏感で――過大評価しがちなのだ。
氷河に優しくされた瞬が、氷河に対して特別な感情を抱くようになっても、それはさほどおかしなことではない。

しかし、瞬自身がその状況を恐れているとなると、それは解決しなければならない問題になる。
瞬の世界に本当に氷河以外のものが存在しなくなってしまったら、瞬はアテナの聖闘士として闘い続けることができなくなってしまうかもしれない――のだ。

星矢はしばらくの間、彼が把握できた現状と その現状がやがて生み出すもしれない未来について考え込んでいた。
長考の後、出てきた結論は、
「つまり、氷河が悪いんだな!」
――というもの。

「ものすごい結論だな」
善と悪、白と黒を峻別せずにいられない星矢の、実に星矢らしい結論に、紫龍が呆れた顔になる。
しかし、答えが出たら、問題解決に向けて一直線にひた走るのが星矢の身上。
掛けていた椅子から 勢いよく立ち上がると、星矢は諸悪の根源である氷河を求めてラウンジを飛び出したのだった。






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