アテナの言葉に思い悩むことになったはずの2人は、翌日、存外にさっぱりした顔で、仲間たちの前に姿を現した。
「僕と氷河は、僕たちの恋のことで悩んでたんじゃないの」
思いがけず明るく軽快な口調で、瞬が仲間たちに告げる。
「そんなの悩むようなことじゃない。僕は氷河が好きで、氷河もそうだってわかってた。ただ、僕は――僕たちは、僕たちが恋に夢中になって、互いに溺れて、アテナの聖闘士でいられなくなることが恐かったんだ」
「……」

2人がどういう結論に至ったのか――彼等が、恋を選んだのか、アテナの聖闘士でいることを選んだのか――星矢はその答えを聞くのが少し恐かった。
そんなことを恐れるなど自分らしくないと思いつつ、それでも星矢は恐れていた。
そんな星矢に、瞬が微笑を見せる。
「僕たちの恋は平和でないと成就しない――と思う。平和でないと、自分のしなきゃならないことが成し遂げられていないみたいな気がして、安心して恋に身を任せてもいられない。だから、僕たちは闘い続ける」

「しゅ……瞬。でもさ、それじゃ、世界が平和になるまで 惚れたはれたは お預けかよ? それってさ、受験が終わるまで会うのはやめようとか言ってる受験生カップルみたいじゃないか。おまえらはそれでいいのかよ!」
星矢は、これまで通りにアテナの聖闘士たちが揃って地上の平和のために闘い続けていけることを望んでいた。
そして、瞬の決意は彼の望みに沿うものだった。
だから星矢は、瞬のその言葉を喜んでいいはずだったのである。
しかし、星矢の口をついて出てきた言葉は、決して2人の決定を歓迎するものではなかった。
星矢は本当は、氷河と瞬が恋のために聖闘士であることを放棄することも、彼等が地上の平和のために自分たちの恋を犠牲にすることも望んでいなかった。
望んでいなかったことに、今になって星矢は気付いた。

惚れたはれたなどということは、握り飯一つ分の価値もない。
そういう価値観でいるのだろうと思っていた星矢のその言葉に、実は、その場にいた星矢以外の者たちは皆、意外の感を抱いていた。
それまで瞬の横で沈黙を守っていた氷河が、ゆっくりと星矢に告げる。
「夕べ、瞬と寝た」
「なにーっ !?」

自分の知らないところで急展開を見せている仲間たちの恋に、星矢は素頓狂な声をあげた。
つい昨日まで 瞬の気持ちも知らずにいたはずの氷河が、今日は妙に自信に満ちていた。
「瞬は俺のものだし、俺は瞬のものだ。それがわかったから、闘い続けられるような気がしてきた」
「そりゃ……まあ……その、なんだ……」
「瞬は闘うための力を俺にくれるし、闘いのあとには、二人で生き延びたことを喜ぶこともできると思う。俺は、俺が何のために闘うのかを知った――確かめた。平和が俺たちの恋を成就させてくれる。それを手に入れるために、俺はアテナの聖闘士でいる」
「あの……闘って、生き延びたら、氷河がまた僕を抱きしめてくれるんだって思ったら、闘えるような気がしてきたんだ」
「……いや、俺はそれは嬉しいんだけどさ……」

正直なところ、星矢には、氷河と瞬の考えがよくわからなかったのである。
というより、恋というものがどういうものなのかが、彼はますますわからなくなってきていた。
そもそも、いったい何をもって、その恋は成ったというのだろう?
星矢にわかることはただ、氷河と瞬が、互いの気持ちを確かめ合い 身体を交えることが恋の成就ではないと考えていることだけだった。

「つまり、平和がすべての人間の望みを叶え、すべての人間に幸福をもたらしてくれるということだな。おまえたちは、そのために闘い続けると決めた」
「うん……」
紫龍の言葉に、瞬がはにかんだように頷く。
それは、星矢の苦手な 持って回った 言い回しではなかったのだが、やはり2人の恋人たちの真意は星矢には解し難いものだった。
恋も正義も平和も、目的地に向かって一直線に突き進むものだと思っている星矢には。

しかしながら、氷河と瞬が自分たちの恋を諦めず、そして、これからもアテナの聖闘士として2人と共に闘っていけるのであれば、星矢はこの結論に文句はなかった。むしろ、嬉しかった。
アテナの聖闘士たちの闘いは、どんな時にもチームプレイなのだ。
同じ心を持った仲間が欠けることが、その闘志を半減させる。
星矢は仲間を失わずに済み、失わずに済んだ彼の仲間たちは、そのために――聖闘士でい続けるために――自分たちの幸福を諦めもしなかったのだ。


その日早速、城戸邸には敵の襲撃があった。
夜を共にした2人のコンビネーションは以前にも増して絶妙で、彼等がまともに闘えるようになるまで襲撃を控えてくれていた親切な敵を、二人はいっそ清々しく思えるほど一撃で倒してみせ、おかげで星矢と紫龍は随分と楽をさせてもらった。

氷河と瞬の気持ち――というより、恋というものの正体が、星矢はいまだに掴めていなかった。
ただ、自分が何のために闘うのか、その目的を知っている人間は強い――という事実だけは、星矢にも実感できたのである。






Fin.






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