「……よかったな」 氷河が瞬に面と向かってそう言うことができるようになったのは、星矢たちが画策した茶番に落ちがつき、弟の身の安全を確信した一輝が再びふらりと城戸邸を出ていってしまってからのことだった。 「氷河が力を貸してくれたからだよ」 瞬は、瞬らしく控えめにそう言って、明るく微笑んだ。 氷河は、本当は、他のことで瞬に力を貸したかった。 だが、瞬はそれを拒絶した。 瞬に悪気があったわけではないし、そういう解決を望む瞬を瞬らしいとも思う。 それでも、この結末を残念だと思う気持ちを完全に打ち消してしまうことは、氷河にはできなかった。 それが瞬なのだとわかってはいても。 自分はそんな瞬を好きになったのだと知ってはいても。 『どこかの誰かさんが、『自分は瞬と出会うために生まれてきた』と信じて、そのために充実した人生を送れるというのなら、それも宗教でしょうね』 今頃になって、沙織のその言葉が思い出される。 自分は何のために生まれ、どこに行くのか。 人として生まれたからには いずれ死んでしまうというのに、なぜ自分は生きて ここに存在しているのか。 そんな迷いに囚われず、自分がアテナの聖闘士として闘い続けてくることができたのは、ひとえに瞬に出会えたおかげだと思う。 だから、瞬が欲しいのだ。 「俺は、おまえがこうすると決めたことにちょっと手を貸しただけだ。結局おまえはおまえの力で邪悪を取り除いた――」 ちゃんとした笑顔を作れているのだろうかと 自分で自分を疑いながら、氷河は瞬にそう言って頷いた。 そんな氷河に、瞬が、突然思いがけないことを言ってくる。 「自分の身を守るために氷河にそんなことしてもらうわけにはいかなかったから、僕、必死だったんだ。でも、もう悪魔は消えてしまったんだから いいよね?」 瞬は何を言っているのだろう――。 「もうこんなことが起きないように、氷河、僕に力を貸してくれる……?」 瞬の言葉を、氷河はすぐに理解してしまうことができなかった。 当然だろう。 瞬が自分に そんなことを求めてくれることは金輪際ないのだと、氷河は今 懸命に自身に言い聞かせていたところだったのだから。 氷河が否とも応とも答えずにいることが、瞬の決意を鈍らせてしまったらしい。 「あの……氷河がいやなのなら、僕は――」 氷河の前で心細げに幾度も瞬きを繰り返している瞬の瞳が、徐々に赤味を帯びて潤んでくる。 自分が 氷河の意思を無視して 図々しい“お願い”をしてしまったのだと、瞬は思ってしまったらしい。 「ご……ごめんなさい。今 聞いたこと忘れてっ」 瞳だけでなく その声にも、瞬は涙をにじませていた。 ――あなたが、『自分は瞬と出会うために生まれてきた』と信じて、そのために充実した人生を送れるというのなら、それも宗教でしょうね。 神が今、氷河にその手を差し延べていた。 その夢のような現実に気付いた氷河は、震える手で、だが素早く、その場から逃げ出そうとしている瞬の白い手を掴んだのである。 Fin.
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