紅葉の季節が訪れていた。 シベリアでは見ることのできない その光景が面白いのか、城戸邸の庭で、氷河は色づいた葉が舞い散るさまを飽かず眺めている。 そして瞬は、彼が庭に出たときからずっと、ラウンジの窓から氷河を見詰め続けていた。 最初、星矢は、そんな瞬を、まるで母親が自分の子供の一挙手一投足を見守っているようだと思っていたのである。 そして、『そんなに氷河が気になるなら側に行けばいいのに』と言おうとした。 星矢がそうしなかったのは、まるで我が子を心配している母親のように見えていた瞬の眼差しが、決してそんなものではないことに気付いたからだった。 瞬は、金色の葉が舞い散る庭に立つ氷河の姿に うっとりしていたのである。 星矢には、そう見えた。 ここにいるのが氷河の母親でなく恋人なのであれば、その姿を鑑賞するには多少の距離を置いた方がいいのかもしれない。 そう考えて、星矢は瞬に無粋な口出しをするのをやめたのである。 しかし、瞬は、もう30分以上、言葉を交わすことも触れ合うこともできない場所で 氷河を見詰め続けている。 そんな瞬を眺めていることに、先に飽きてしまったのは星矢の方だった。 飽かず氷河を見詰めている瞬に呆れ、無粋と知りつつ、星矢は 常日頃からの疑問を瞬に投げかけてみたのである。 「おまえ、なんで氷河が好きなんだよ」 「え?」 「おまえは、氷河のどこが好きなのかって」 星矢にしてみれば、喋りもしなければ ほとんど動きもしない退屈な絵をひたすら鑑賞し続けている瞬を見ているうちに生まれてきた、それは至極自然な疑問だった。 が、瞬は、ふいに仲間にそんなことを尋ねられたことに少なからず驚いたらしい。 瞳を見開いて仲間を見詰め返す瞬の様子は――それが男子を形容するのに許される言葉であるならば――ひどく“可愛らしい”。 可愛らしいだけでなく、瞬は人当たりがよく、誰にでも分け隔てなく親切で優しく、そして強かった。 対して氷河は、その外見は申し分がないにしても、一言で言えば“変な男”である。 その上 マザコンで、師匠コンで、聖闘士として強いのかどうかも今ひとつわからない。 自信過剰気味な時もあれば、妙にへりくだっている時もあって、氷河自身が自分をどれほどのものと思っているのかも、星矢には察することすらできなかった。 『強い者が勝つのではなく、勝った者が強いのである』という言葉が事実なのだとすれば、これまで幾多の闘いを経て生き残ってきた氷河は、ある意味では強い男なのかもしれない。 しかし、それも精神面のことではない。 瞬が氷河に これほどまでに――30分以上も飽きることなく その姿にうっとりしていられるほどに――入れ込む理由が、星矢にはわからなかったのだ。 瞬は、星矢に、しばし考え込む素振りを見せた。 もしかしたら瞬が考えていたのは、星矢の質問への答えではなく、その質問の意図だったかもしれない。 いずれにしても、星矢がその質問を発してから2分弱後、星矢が瞬に与えられた答えは、 「氷河は綺麗だから」 というものだった。 「へ?」 星矢が、間の抜けた声をあげる。 まさか瞬からそんな答えが返ってくるとは、星矢は思ってもいなかったのだ。 瞬が、人の外見で好悪の感情を抱くなどということは。 瞬からその答えを受け取った星矢は、だからすぐに考え直した。 瞬が『綺麗』だと言っているのは、氷河の外見のことではなく内面のことなのだろう、と。 が、星矢はまもなく、再度考え直したのである。 星矢は、氷河を時々成長しきれていない子供のようだと思うことはあったが、それは心が綺麗だということとは全く別のことであるような気がした。 少なくとも星矢の認識では、『心が美しい』とは、その気持ちが子供のように無垢であることではなく、他人に優しく接することができるほどに強いということだった。 氷河のそれは違う。 氷河は瞬にしか優しくない。 それはエゴの一種であり、そんな優しさを瞬が『美しい』と感じるはずがない。 では、瞬はどういうつもりで氷河を綺麗と評したのか――。 そこのところが、星矢にはわからなかった。 瞬は、星矢の困惑に気付いたようだった。 まるで キャラメルのおまけか何かのように、言葉を付け足す。 「氷河って、ほんとに綺麗だよね。見てるとうっとりしちゃう」 「やっぱり顔のことかよ!」 反射的に星矢が発した声には、瞬の発言を責める色が含まれていた。 当然だろう。 真面目に瞬の言葉の裏にあるものを探ろうとしていた自分が、星矢には馬鹿に思えたのだ。 それは言葉通りのものでしかなかったというのに。 憮然とした表情になった星矢に、瞬は平然と言ってのけた。 「顔だけじゃなくて、氷河はどこも綺麗だよ」 「……」 それでも、瞬に重ねてそう言われても、星矢にはそれが瞬の真意とは思えなかったのである。 というより、それは星矢が期待していた瞬の答えではなかった。 星矢が期待していたのは、自分が気付いていない氷河の美点――瞬だけが気付いている氷河の外見以外の美点――に、瞬が言及してくれることだったのだ。 「で……でもさ!」 それがもし瞬によって与えられた答えでなかったとしても、星矢は異議を唱えていたに違いない。 つまり、それは、いわゆる日本人の好む“答え”ではなかったのだ。 慎重な人間なら、『外見に惹かれた』などという言葉は、たとえそれが事実だったとしても口にはしないものである。 『見てくれに惹かれた』などという答えは、そう答えた当人が軽薄に思われる可能性の大きな、極めて危険な発言なのだから。 |