「願い?」 瞬が口にした言葉をそのまま使って、星矢が事情説明を求めると、瞬はどう見ても浮かれているとしか思えない様子で、大きく仲間に頷いた。 「うん。僕、こないだ、横断歩道で大荷物を抱えて困ってるおじいさんを助けてあげたんだ。荷物を持って駅まで送ってあげたの。そしたら、そのおじいさんが、お礼に願いを1つだけ叶えてくれるって言ってくれたから、氷河を地味で目立たない普通の顔にしてくださいってお願いしたんだ」 「なに?」 なぜここでそんなメルヘンな話が飛び出てくるのかと、星矢と紫龍は思ったのである。 確かにこれは、メルヘンを持ち出しでもしなければ、説明のつかない事象ではあったのだが。 瞬同様、そして星矢と同様に、紫龍の目にも、氷河の外見は以前と何も変わっていないように見えていた。 しかし、携帯カメラが捉え、その液晶画面に映し出されている氷河の顔は、星矢同様 紫龍の目にも、『当たり障りのない顔』そのものに見えたのだ。 一言で言うなら、地味な顔。もしくは平凡な顔。 氷河には死ぬまで縁がないと誰もが思っていた形容がふさわしい顔に。 氷河の人となりを知る彼の仲間たちは、いわゆる心眼で仲間の姿を見ているから、氷河本人には変化がないように見えるだけなのかもしれなかった。 だが、カメラの目は機械的かつ客観的である。 氷河の仲間でない者たちには、今の氷河の顔は、カメラの目を通さなくても地味で目立たない普通の顔に見えているのかもしれない。 「あー……何というか、実に斬新な願いを願ったものだな。非常に個性的だ」 紫龍の称賛は本心からのものだったが、そんなことをして何の得があるのかという彼の疑念もまた、真実のものだった。 あまりにも瞬の願いが尋常のものではなかったために、かえって、にわかには信じ難いはずのメルヘンな現実を信じ受け入れるしかないような気になる。 瞬は、仲間たちの戸惑いを気にかけた様子もなく、ましてや自分の為したことに悪びれた様子も見せず、嬉しそうに氷河の腕に自分の腕を絡めていった。 そして、明るい声で氷河に告げる。 「氷河、これからデート行こ! どこでもいいから、人がいっぱいいるところ。僕、みんなに氷河を見せびらかしたい!」 「あ? ああ」 全く現状把握はできていないようだったが、それでも、瞬に腕を引かれた氷河が、瞬のお誘いに首肯する。 そんな氷河に腹を立てたのは、瞬にメルヘンの力で顔を地味にされた男ではなく、彼の仲間の方だった。 もとい、星矢が憤ったのは瞬に対してではなく、このメルヘンな現実を諾々と受け入れてしまう金髪男に対してだった。 「ちょっと待てよ、氷河! おまえ、瞬に腹が立たないのかよ! 瞬の言うメルヘンが事実だったとしたら、おまえは瞬に勝手に自分の顔をどうこうされちまったってことなんだぞ!」 「それはそうだが……。瞬は面食いじゃないし、むしろ目立つ顔が嫌いなようだし、俺の顔がどうなろうと、それで俺に不都合が生じるわけじゃないからな。そんなことより、瞬がデートしてくれると言ってくれていることの方が大事だ。こんなことは滅多にない」 「そーゆー問題じゃないだろっ」 「だが、実際に何の問題もない」 己れの顔に対してというより 瞬の自分勝手に対して、あまりに鷹揚かつ無頓着な氷河のその言葉に、星矢は心底から呆れてしまったのである。 そして、『こんな変な男に、地味な顔は似合わない』と、彼は思った。 |