「瞬が石になったのは、俺の踊りのせいじゃなかったのか……」 アフロディーテへの怒りは、不思議なことに氷河の内に生まれてこなかった。 たとえ瞬が石になった直接の原因がアフロディーテにあったのだとしても、瞬に対するそれまでの自分の態度を後悔する氷河の気持ちが消え去ることはなかったのだ。 そんな氷河の苦渋と後悔など知らぬげに、瞬は即座に氷河の呟きを否定してきた。 「当たり前だよ。氷河のダンスを見て、どうして僕が石になったりするの! そりゃ、あんまり素敵なんで、すごく驚いたのは事実だけど」 「へ?」 何かひどく奇妙な言葉――氷河のダンスよりも奇天烈な意見――を聞いたような気がして、星矢はきょとんとした顔になってしまったのである。 どうやら、それは幻聴ではなかったらしい。 瞬は僅かに頬を染め、氷河の横顔にちらりと視線を投げてから、恥ずかしそうに顔を伏せながら その言葉を続けた。 「氷河があんまりカッコよくて、僕なんかが氷河にふさわしいのかな……って不安にもなったけど、そんなことで自分を石にしちゃうほど、僕は無欲な人間じゃないよ」 瞬は真面目に、冗談ではなく本心から、そう思っているらしい。 星矢たちが白目を剥くことになったのは当然のことだったろう。 人間の美意識や価値観は人それぞれとはいえ、瞬のそれは一般的常識的なそれから、あまりにもかけ離れている。 「瞬……おまえ、やっぱ、なんか勘違いしてるって。氷河は絶対そんな“素敵でカッコいい”男なんかじゃないぞ」 瞬の目と頭を心配した星矢が、つい正直な感懐を口にする。 「なに言ってるの?」 仲間の言葉に、だが瞬は不思議そうに首をかしげるばかりだった。 「氷河はお母さん思いで、先生思いで、クールぶってるのに情に流されやすくて、涙もろくて、なのに、僕の前では精一杯気を張って、強い振りして、健気で優しくて可愛くて、それに――」 それに、氷河は、愛する者のために命を懸けることのできる男なのだ。 それは星矢も認めざるをえない事実だった。 実際、星矢は氷河を少しばかり見直したところだったのである。 だが、そんなことを口にするのは悔しかったので、星矢は彼の氷河に関する認識の変化を、正直に言葉にすることはしなかった。 代わりに、彼は、ごく浅く顎をしゃくって頷くことをした。 「……おまえ、わかってるんじゃん」 てっきり氷河をクールで格好のいい王子様か何かと思い込まされているのだと思っていたのに、瞬は 氷河の人となりを正しく認識できているらしい。 その上で瞬が氷河を好きだというのであれば、星矢としても瞬に言うべきことは何もなかった。 対照的に氷河は、自らの努力が全く無意味だったことを知らされて、非常に複雑な面持ちを呈することになったのである。 自分が瞬を騙しきれていなかったことを、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか、今の彼には今ひとつ判断しきれなかったのだ。 ともかく、瞬は氷河の命を賭けた真実の愛の力で元に戻り、氷河はその日以降、瞬の前で少し肩の力を抜くことができるようになった。 それでも瞬は、いつもうっとりとした眼差しで恋人を見詰めてくれるのだから、氷河としては無理をして いい男を演じる必要を感じなくなってしまったのである。 108の煩悩が取り除かれる仏教的に厳粛な夜にも、二人が二人の愛を確かめ合う行為に及んだことは言うまでもない。 神も仏も人のためにある。 日本のクリスマス、煩悩を払う大晦日、神社に初詣でにいく年のはじめ。 世界のすべては二人のためにあるのである。 Fin.
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