瞬が、城戸邸から歩いて10分ほどのところに小さなカフェテリアを見付けたのは2ヶ月前ほど前のことだったらしい。 住宅街の中に隠れるようにひっそりと佇むその小さな店のインテリアは伝統的なヴィクトリアンスタイル。 お茶やケーキの味も雰囲気も非常に瞬の好みで、その店はその日のうちに瞬の気に入りの場所になった。 その店に、2日とあけずに通うようになって2ヶ月。――つまり昨日。 いつも その店のテーブルに問題集を広げていた中学生に、瞬は突然『俺と付き合ってくれ』と、いわゆる告白のようなものをされたのだそうだった。 「僕、それなりに大人のお兄さんやおじさんに声をかけられたことは何度もあるけど、あんなふうな――言ってみれば子供に、あんなに真剣な目をして切羽詰まった様子で 付き合ってくれなんて言われたのは初めてで、なんだか笑ってごまかすことができなくて――」 「できなくて?」 問い返す氷河のこめかみが ぴくりと引きつる。 瞬は困ったように眉根を寄せた。 「それで、考えさせてくださいって言って、逃げてきたんだ」 「おまえはっ!」 氷河が瞬の説明に腹を立て 声を荒げることになっても、それは仕方のないことである。 真剣な目をしての告白なら、氷河はこれまでに幾度も瞬に対して実行してきた。 そのたびに瞬は、氷河を“笑ってごまかし”てくれていたのだ。 つまり、氷河は、『おまえの告白には、中学生ほどの真剣味もない』と言われてしまったも同然なのである。 これでは、そんな中学生などよりずっと以前から瞬を思い続けてきた男の立場がないではないか。 しかし、氷河は自分の報われなさを引き合いに出して、瞬を責めることはできなかった。 どれほどその事実に腹立ちを覚えたにしても、既に困っている瞬を更に困らせるようなことは、氷河にはできなかったのである。 俗に言う“惚れた弱み”のせいで。 だから氷河は、無理に落ち着いた表情を装って、瞬に向き合った。 「相手は、おまえを女だと思ってるんだろう」 「と思うけど」 「相手はガキとはいえ男で、おまえとそのガキが“お付き合い”なんてものを始めたら、それは要するにホ――」 氷河はやはり冷静にはなりきれていないようだった。 冷静になりきれていない自分に ぎりぎりのところで気付いた彼は、かろうじて その先を言葉にせずに済んだのである。 男同士だからやめろといったら、氷河は自分で自分の首を絞めることになる。 「うん……」 言われなくても、瞬はそれはわかっているらしい。 苦笑に はにかみを載せたような微妙な笑みを、瞬は氷河に向けてきた。 氷河は音のない咳払いを一つして、瞬を思いとどまらせるための別の理由を持ち出したのである。 「中学生の分際で、図書館にも行かず、毎日カフェなんかで問題集を広げていられるのなら、そいつは親からそれなりの小遣いをもらっている、それなりの家のガキなんだろう。そんな苦労知らずのガキが、おまえにつりあうか。おまえが大人しくて優しそうな女の子に見えたから、自分のものだというレッテルを貼って、周りの同類のガキ共に自慢したいだけなのに決まっている」 「ん……。僕だって、お付き合いなんてするつもりはないんだ。でも、なんだか本当に思い詰めた様子だったから――」 瞬が何をためらっているのかが、氷河にはわからなかった。 『おまえのことで、俺ほど思い詰めている男がいるか!』――というのが、氷河の偽らざる気持ちだったのである。 昨日今日知り合ったばかりの中学生の気持ちを だが、そんな本音を瞬に告げることはできない。 氷河の心身は、『この世で何よりも優先されるべきものは、瞬の意思である』という絶対のルールによって きつく縛りつけられていた。 いわゆる、惚れた弱みによって。 「断りにくいのなら、俺がそのガキと話をつけてきてやる」 結局 氷河にできることは、瞬がしなければならないのに躊躇している作業の代役を買って出ることだけだった。 「自分で何とかするよ」 瞬は、そう言って氷河の助力の申し出を固辞したのだが、人に――まして自分に好意を抱いてくれている相手に――冷たくできない瞬を知っている氷河は、こればかりは瞬の意思を尊重する気にはならなかった。 |