そうして、日常が戻ってきた。
クロよりはるかに強く冷酷で健気な瞬は、クロに事実を知らせようとはしなかった。
誤解したまま――瞬の笑顔が以前と変わらないことに、クロはすっかり安堵しているようだった。
瞬が以前のように――以前よりもっと――氷河と親密なこと、氷河が以前と同じように瞬の側にい続けることにも。

そして、変わらない瞬と氷河とは逆に、クロは少し、その言動に変化を見せ始めていた。
瞬以外のすべての人間に向けられていた攻撃的な刺々しさが消え、その瞳には、以前にはなかった やわらかさが見え隠れするようになった。
瞬を傷付けないために自身の正義を曲げることを知って、クロは変わらざるを得なかったのだろう。
しかし、それは決してクロが弱くなったのではない。
自分自身の弱さを知って、人は強くなるもの、柔軟な強さを その身に養っていくものなのだ。

それが“正しい”ことなのかどうかは わからない。
ただ、氷河には、クロにとっては それはよいことであるように思えた。
真夏の太陽のように強情な自分の正義に妥協することを知って肩の力の抜けたクロは、氷河の目には、以前よりも少し自然体になって生き始めたように見えたから。

だが、クロが 瞬のように柔軟な強さを身につけ始めたことは弊害も生んだ。
自身の信じる正義を守るために肩肘を張って生きることをやめたクロは、“建前”を捨てて、自分の心に正直になることを始めてしまったのだ。

「俺、思うに、瞬にはおまえより俺の方が似合うと思うんだ。俺は瞬の家族だから、いつも側にいて守ってやれるし。もともと一つだった俺と瞬が別々の人間だから不都合が生じるんだよ。俺と瞬が一つのものに戻れば問題は解決する」
あの“事故”以来、やたらと瞬の側にいたがるようになったクロに、ある日 何の前置きもなく そう言われ、氷河は目を剥くことになったのである。

「なに?」
クロは突然何を言い出したのだと訝る氷河に、クロはしゃあしゃあと言ってのけた。
「おまえ、まだ瞬とは寝てねーんだろ。俺、決めた。瞬を俺のものにする。俺はなにしろ瞬と一緒に暮らしてる家族だから、俺の方が断然有利だよな。瞬は、おまえなんかより、俺の方が好みだと思うし、瞬が俺を好きなことは疑いようもないし」
瞬のそれに似た柔軟さを手に入れたクロは、さすがに したたかだった。
瞬の家族であることを最大限に利用し、これみよがしに氷河の前でべたついてみせる。
もちろん、瞬はそれを振り払わない。

「……」
自分は瞬に愛されていると、のんきにうぬぼれている場合ではないことに、この段になって氷河はやっと気付いたのである。
自分の弱さを認めることで したたかになったクロは、氷河の強力な恋敵だった。
瞬に対して たまには強引に出た方がいいのかもしれないと、氷河は最近 少しあせり始めている。






Fin.






【menu】