結局その日シベリアに戻ることができなくなってしまった氷河は、1年振りに会った仲間たちと歓談するというような、ごくありふれた(だが大切な)時間の過ごし方をする気もないらしく、不機嫌そうな様子で彼の部屋に閉じこもってしまった。
そんな氷河をラウンジから見送った瞬も、やがて肩を落として自室に引っ込んでしまう。
多忙なグラード財団総帥は、無論さっさと どこぞに姿を消し、最後にその場に残ったのは、この問題の当事者とは言い難い天馬座の聖闘士と龍座の聖闘士だけだった。

「氷河は瞬が好きなんだよな? 瞬だってそうだから、その何だ――氷河と寝るんじゃないのか?」
婉曲的な表現のできない星矢が、実に彼らしい直截的な日本語を用いて、紫龍に尋ねる。
彼は、氷河と瞬の言動には どうにも合点がいかない――という顔をしていた。

が、それが いかに単純至極でわかりやすい言葉によって作られた質問だったとしても、当事者でない紫龍には、明瞭な答えを呈示することはできない。
彼にできるのは せいぜい、
「それは確かだが……。氷河には死んだ人が、瞬には一輝がいて、どうあっても恋人を最優先させることができず、そのせいで一緒にいると傷付け合ってしまう……ということなんじゃないのか?」
という推察を、いかにも自信のなさそうな様子で呟くくらいのことだったのである。

瞬は氷河を、氷河は瞬を、自分の最も大切な人にすることができない。
そうできないことで、瞬は氷河を、氷河は瞬を傷付けることになり、それゆえ、二人は互いに離れて暮らすことを選んだのではないか――というのが、紫龍が現状から無理に導き出した推察だった。
誰が見ても好き合っている二人の人間が互いに離れて暮らす状況を 自らの意思で選ぶ理由が、紫龍には他に思い当たらなかったのである。

紫龍のその推察に対する星矢の意見は、これまた実に単純ストレートだった。
「なら、すっぱり別れちまえばいいんだ。何が1年に1回の逢瀬だよ。七夕には早すぎるぜ」
「人間というものは、そう簡単に気持ちを割り切ることはできないようにできているんだ」
善悪、白黒をはっきり決めて猪突に突っ走りたがる傾向のある星矢の、いかにも彼らしい考えに、紫龍が微妙に力のない苦笑を見せる。
「好きになったら、その人しか見えない――ということになったら、人間は生きていけないだろう。恋をするたび、家族や友人をないがしろにしていたのでは、色々と生きにくいことにもなる」

「そりゃ、そうだけどさー……」
確かに、瞬が氷河のことばかりを考えて他の仲間たちのことを なおざりにするようなことになったなら、自分は非常に不愉快になるだろうと、星矢は思った。
まして、それが一輝だったなら、弟に以前より軽んじられることになる彼の不愉快の程は、想像に難くない。
しかし、瞬はともかく、氷河がこだわっているのは死んだ者たちである。
もともと氷河は仲間に気遣いを示すような男ではないし、彼が様々な場面で瞬を優先させることになっても、どこからも文句は出ないはずだった。

――かくして星矢は、彼の結論に至ったのである。
すなわち、『瞬は一輝や他の仲間たちを第一に考えていてもいい。だが、氷河は瞬のために日本にいるべきだ』という、実に乱暴な結論に。
そして、彼は、アテナの聖闘士の熱き友情をもって、恵まれない恋人たちをくっつけてやろうと、それが二人の仲間としての自分の務めだと、自らの行動指針を決定した。
一度答えが出てしまえば、星矢の行動は迅速だった。






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