風に踊らされている雪と、中天に向かおうとする真昼の太陽。
それ以外の動くものが その場から消え去ると、瞬の意識は彼の目の前にあるものにだけ向くことになった。
同時に、それまでほとんど活動らしい活動をしていなかった瞬の思考が、突然めまぐるしいほどの勢いで働き始める。
それが理性と呼べるものなのかどうかは非常に疑わしかったが、瞬の理性は、決して この現実を受け入れることはできないと、瞬に訴えかけてきた。
だから、瞬は、この現実を打ち壊してしまわなければならないと思ったのである。

瞬はまず、氷河を閉じ込めているいびつな氷の棺を消し去ることを考え――だが、その考えを実行に移すことをやめた。
天秤宮の時とは、状況が違う。
氷河の小宇宙は全く感じられない。
自然の氷の棺から氷河を解放することは、同時に、氷河の死を認めることになりかねなかった。
だが、もし、万に一つの可能性で氷河が生きていたとしたら――。
一刻ためらうことが、彼に本当の死をもたらすことだったなら――。
そう考えると、このまま彼を氷の棺の中に閉じ込めておくことも、恐ろしくてできない。

奇跡――。
瞬が今 求めているものは、奇跡だった。
今こそ、奇跡が起こってほしい。

地上の平和を守るために、これまでアテナの聖闘士たちが幾度も起こしてきた奇跡――非力な存在である人間が、強大な力を持つ神に打ち勝つという奇跡。
人は、神に――運命に勝つこともできるのだ。
その奇跡が、氷河を救うために起こせないことがあるだろうか。

氷河は生きているかもしれない。
氷河は生きていないかもしれない。
その二つの不安の間で逡巡し尽くした瞬は、やがて、聖闘士らしくなくためらい続けている自分自身に耐えられなくなって覚悟を決めた――その小宇宙を燃やした。
不安に囚われた瞬の小宇宙は ひどく微弱で頼りないものだったのだが、カミュの絶対零度の低温で作られた棺とは比べものにならない ただの氷の塊りは、そんな小宇宙によってでも難なく溶けてしまった。

そうして瞬は、恐る恐る氷河の胸に、不安に凍える指を伸ばしてみたのである。
それは、死に触れることだった。






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