彼は、彼の告白への返答を、僕に要求してきませんでした。 そうする代わりに、ベッドに上体を起こしていた僕のすぐ横に手をついて、その唇を僕の唇に重ねてきました。 僕はびっくりして、ほとんど反射的に顔を背けようとしたんですが、いつのまにか彼のもう一方の手が、僕の首を後ろからしっかり掴んでしまっていて、僕は彼から逃げることができませんでした。 どうしたらいいのかわからなくて、僕はただ、唇を噛みしめ、歯を食いしばり、まるで敵が攻撃を仕掛けてきたらすぐに反撃に出ようと身構えている猫のように、身体を強張らせていました。 唇を触れ合わせるだけでないキスというのがあって、そういうキスは性的なものを含むものだということを僕は聞いたことがありましたから。 僕は、彼にそんなキスをされるのを恐れていたんです。 なぜ恐れるのかもわからずに、恐れていたんです。 でも、彼は、僕が恐れていたようなことはしませんでした。 僕が身体をひどく緊張させていることに気付くと、彼はすぐに僕の唇に重ねていた唇を離して、低く囁くような声で僕の名を呼びました。 そして、 「おまえは俺のことが嫌いなのか」 と尋ねてきたんです。 僕は、彼にそんな誤解をされるのは嫌でしたから、すぐにそんなことはないと言おうとして――言おうとした途端に、また彼にキスをされました。 声を出すために開かれかけていた僕の唇は、彼のキスに対してとても無防備でした。 彼は僕の口腔の中に彼の舌を忍び込ませてきて――僕と彼のキスは唇を重ねるだけではないキスになってしまいました。 僕は、正直なところ、自分がその感触を快いものだと感じているのか不快と感じているのかが、よくわからなかったんです。 何のために、彼がそんなことをするのかもわからなかった。 彼は、でも、僕の困惑になど頓着した様子もなく、そんなふうなキスを長く――執拗なくらいに長く――続けました。なかなか僕を解放してくれませんでした。 これは僕の勝手な思い込みなのかもしれませんが……僕は、彼に長いキスをされているうちに、こういう行為は、相手を好きでなければ気持ちが悪くてできないことだと思うようになっていったんです。 嫌いな人に、好んでこんなことをする人がいるわけがない――と。 そう思ったら、僕には、彼が執拗に繰り返す その行為が、とても重要で、とても深い意味があることのように感じられてきて、そして、少しだけ僕の中に残っていた『いやだ』という気持ちは失せてしまいました。 彼の唇は、やがて、僕の唇だけを相手にしていることに飽きたのか、僕の喉を辿って胸元にまでおりてきました。 それから、僕の耳や首筋のあちこちをさまよい始めました。 その頃には僕は彼の背に両腕をまわし、彼にしがみついてしまっていて――そうしないと、ベッドに倒れてしまいそうだったからです。 けれど、その努力にも関わらず、結局僕の身体はいつのまにかベッドに横にさせられてしまっていました。 彼の腕の力と身体の重さと唇によってシーツに押さえつけられ、僕は起き上がることが許されない状態になってしまっていたんです。 彼が僕に何をしようとしているのか、彼の目的は何なのかもわからないまま、僕は彼の下でぼんやりしていました。 いいえ、陶然としていました。 ――不愉快ではなかったんです。 僕の身体のあちこちをさまよっている彼の唇を、最初は温かいと思い、次に熱いと思い、ある瞬間には痛いと感じました。 実際、それは痛みでした。 彼は、僕の首筋に噛みついていたんです。 彼は、 「痛かったか?」 と、まるでそんなことは何でもない、ごく普通のことだというように笑って、でも少しだけ すまなそうな顔をして、僕に尋ねてきました。 あの青い瞳で、僕の目をじっと見詰めながら。 初夏の晴れた日の空の色だと思っていた彼の瞳は、その時にはもう深い海の底の色に変わってしまっていました。 いえ、ただの光の加減のせいだとは思うんですけど。 そんなふうな彼の瞳に見詰められると、僕は何も言えなくなってしまいました。 言ってはならない言葉を言ってしまうことで彼の気分を害して、彼にこの快い戯れを途中でやめられてしまいたくないと、そう思ったから。 僕は彼と触れ合っていることに すっかりうっとりし、まるで桃源郷に迷い込んだ昔話の登場人物のような気持ちにさせられてしまっていたんです。 そうしている間にも、彼は繰り返していました。 「おまえをずっと好きだった」とか「俺を受け入れてくれ」とか、そんな言葉を。 彼に頷き返すこと以外、僕に何ができたでしょう。 僕は彼に頷き、彼を受け入れることを、言葉にして彼に誓いました。 それから、彼が僕にしたことは――憶えているような、憶えていないような――何というか、憶えているのに それを言葉で伝えようとすると、適切な言葉が思い浮かばない――というのが、最も正確な言い方のような気がします。 それが非常な陶酔感を誘うもので、実際、僕は、彼にそうされることで気を失ってしまったんですが、でもどうしても言葉にできない。 あの不思議な感覚。 体調が思わしくなくて意識が途切れるのとは違う意識の薄れ方。 僕はもしかしたら、気持ちがよすぎて、それ以上の快さに心身が耐え切れなくなり、だから、恐怖のあまり気を失ってしまったのかもしれません。 恐怖を覚えるほどの快さ、痛みを覚えるほどに甘美な感覚。 彼が僕に為したことを、僕はとても恐ろしく感じました。 こんな特異な経験は一生に一度だけのことだろうと思い、一生に一度だけで十分だと思ったんです。 |