その不和は、アテナと名乗り出た一人の少女を、聖域が受け入れようとしなかったことに端を発する。 教皇の支配する聖域とアテナと名乗る少女の陣営の対立が始まって、まもなく2年が過ぎようとしていた。 「私は地上の平和と安寧を守るために、ここに在るのだと知りました」 2年前のある日、その少女は数人の少年たちを伴ってギリシャ・聖域に現われ、アテナのいない聖域を治めていた教皇に面会を申し入れた。 が、教皇は、その願いを これまでにも似たようなことを言って、アテナを名乗る少女・女性たちが幾人も聖域にやってきた。 そのほとんどが、もし自分が聖域にアテナと認められれば貧困から抜け出すことができると考えた、近隣の貧しい村の者たちだった。 彼女たちは、聖域から多少の金品を渡されると、それだけで欣喜雀躍して生まれた村に戻っていった。 今回アテナと名乗り出た少女も その類と考えた聖域の教皇は、彼女に会おうとはせず、ただ部下に命じて相応の金品を送り届けさせただけだった。 真実のアテナと期待して面会し失望することに、教皇は既に アテナなしでも聖域は機能し、完全とはいわないまでも地上の平和は保たれている。 彼に失望だけを残して消えていった少女たち同様、今回のアテナも貧しい村に生まれた名もない少女と聞いて、教皇はわざわざ会うまでもない相手と判断したのだった。 しかし、彼女はこれまでの少女たちとは異なり、教皇からの贈り物を聖域に返却すると、あくまでも教皇との面会を求め続けた。 その際、二者の間に立った者の不手際が両者の心証を悪くし、聖域とアテナを名乗る少女の関係は著しく不穏なものになる。 アテナはその時 既に、相当数の信奉者を従えていた。 貧しい者が多かったが、アテネやコリントスの貴族等それなりの権力を持った者もいて、彼等は彼等の信じるアテナを聖域に認めさせるため、長期戦を覚悟した。 聖域にほど近い場所に土地を得て、そこにアテナの住む仮の神殿と、彼女に従う者たちのための家を建て始めたのである。 それはやがて小さな集落になり、アテナの村と呼ばれるようになった。 聖域の者たちとアテナの村の者たちは全面的な戦いを始めたわけではなかった。 それでも、異なる立場に立つ者たちの間には いさかいや衝突が起こる。 やがて聖域は、アテナの側に幾人かの聖闘士がついていることを知り、この対立が、本来は地上の平和を守るために協力し合うべき仲間同士の対立であることを知ることになったのだった。 アテナが聖域の教皇に面会を求めてから2ヶ月が経ったある日、聖域の足元にできた対立勢力を目障りに思った者たちがアテナのいる集落を襲い、返り討ちに合う――という事件が起こった。 その無謀を働いた者たちのほとんどは命からがら聖域に逃げ帰ることになったのだが、そのうちの数人が帰り着いた聖域で命を落としたことで、両陣営の対立は決定的なものとなったのである。 聖域の周囲には、アテナの村の他にも、聖域を見上げるようにして ごく普通の村人たちが営む集落が点在していた。 村人たちは、聖域とアテナ陣営の争いがもたらすものを、最初のうちは不安な思いで見詰めていた。 彼等の中には、聖域の肩を持つ者も アテナを信じようとする者もいた。 彼等の村ができる はるか昔からそこに存在した聖域には権威があり、その役割も広く知られていた。 また、アテナに会う機会を得た者の中からは、アテナを信じるようになる者も多く出た。 彼等は彼等がそれぞれに信じるところを主張し合うようになっていく。 だが、彼等は実は、この対立の決着がどのようにつこうと、どうでもよかったのである。 自分たちの平穏な生活が乱されさえしないなら、聖域が教皇に治められていようが、アテナに統べられていようが、それは彼等にとってはどうでもいいことだった。 アテナは彼女の味方が増えていっても、積極的な攻勢に出ようとはせず、聖域もまた、アテナとアテナに それでも、2つの勢力の対立は続く。 とはいえ、両者は、どちらの陣営にも属さない者たちを戦いに巻き込むことを避けていたため、彼等の戦いが、対立の外にいる者たちの目に触れることはほとんどなかった。 周辺の村人たちは、時折、聖域やアテナの村の方から爆音のような音が響いてくるのを聞いたり、荒地に一夜にして巨大な穴が出現しているのを見て、 「聖域の聖闘士とアテナの聖闘士が出会ってしまったようだね」 と噂するばかりだった。 |