かさりと、サンダルが渇いた土を踏む音がした。 太陽はまだ完全には沈んでおらず、闇の中に身を潜めるには時刻が僅かに早すぎる。 そして、ヒョウガが身体を休めていた場所には、あまり大きくない花崗岩の岩が転がっているきりで、身を隠せるようなものもない。 敵の出現に備え、ヒョウガはその場で全身を緊張させ身構えることになったのである。 ヒョウガの懸念に相違して、彼の目の前に現われたのは一人の少女だった。 手にオリーブの実の入ったカゴを持っている。 その昔、女神アテナが海神ポセイドンとアテネの町を争った時、アテナが町に贈ったと言われている恵みの木の実。 アテナの村の周囲は、女神からの贈り物である木で囲まれていた。 ここにいるからにはアテナの村の人間なのだろうが、戦いなどしたことのなさそうな少女の細い手足は、ヒョウガに全く危機感を与えなかった。 ほっと安堵してから、ヒョウガは、今 自分が独力ではまともに立って歩くこともできない状態にあることを思い出し、慌てて気を引き締めることをしたのである。 ヒョウガがそんな間の抜けたことをしでかすことができたのは、彼の前に現われた少女が、敵意どころか緊張感のかけらも その身にまとっていなかったからだった。 しかし、今のヒョウガは動けない。 彼女に仲間を呼ばれてしまったら、彼はアテナの村の者たちに何の抵抗もできそうになかった。 「怪我をしてるの?」 少女がヒョウガに尋ねてくる。 ヒョウガは、“敵”への返答に窮した。 少女がその答えを待たずに、ヒョウガの側に歩み寄ってくる。 「僕の家、すぐそこなんです。ちょっとだけなら歩けるかな?」 オリーブの実の入ったカゴを脇に置いて、彼女はヒョウガの手を取り、立ち上がらせ、その肩を見知らぬ男に貸そうとした。 寄りかかるのもためらうような細い肩である。 なぜか差しのべられた手に逆らえず、その場に立ち上がったまではよかったが、ヒョウガはさすがにそれ以上彼女に頼ることをためらった。 ヒョウガの遠慮を見てとった少女が、その顔に曇りのない微笑を浮かべる。 「大丈夫。鍛えてあるから」 「鍛えて……って」 冗談にしても笑えない冗談だと、ヒョウガは思ったのである。 だが、彼女は至って本気でそう言っているらしい。 「試してみて」 重ねて言う彼女の肩に、ヒョウガはそれこそ冗談で手を置いてみたのだが、少女の細い肩は、肩の持ち主の言葉通り、確かにヒョウガを支えてみせたのだった。 少女は、ヒョウガをアテナの村の住人と思っているようだった。 ヒョウガは聖衣を身につけておらず、ごく普通の麻布の衣服を着ていた。 聖衣をまとった聖闘士でもなければ、聖域の人間もアテナの村の人間も、区別のしようがない。 実際、出会った場所がここでなかったなら、ヒョウガ自身がその少女をアテナの村の者と気付くことはなかったろう。 少女は、女性のものにしては丈の短い薄緑色のチュニックを身につけていて、遠目には少年にも見えるような格好をしていた。 どちらにしても、今はヒョウガは自由に動くことができそうになかった。 へたにここで彼女に逆らって、聖域側の人間と知れると、アテナとその聖闘士たちに引き渡されてしまうかもしれない。 ヒョウガは親切な少女に嘘をつかないために、寡黙な男を装うことにしたのである。 |