『聖域より、アテナより、おまえを選ぶから』
自分もそうできたらどんなにいいだろうと、言葉にならない言葉を地上に投げかけているような星のきらめきを見詰めながら、シュンは思ったのである。
一人で過ごす夜も、一人で星空を見あげるのも、久し振りのことだった。
ヒョウガに抱きしめられる喜びを知ってから、いかに自分が恋だけに夢中になっていたのかということに、今更ながらに気付く。

戦いのせいではなく、どう見てもただの不注意で歩くことができなくなっていた そそっかしい“敵”。
あまりに微笑ましくて、後先を考えずに、シュンは彼をこの家に招き入れた。
まさか そんな愉快な人物に、ここまで心と身体を支配されることになろうとは、シュンは あの時には考えてもいなかった。

頑なにアテナを拒む聖域の聖闘士であるにも関わらず、ヒョウガは優しく情熱的で、そして悪心を持っていない“良い人間”だった。
心底から彼を好きだと思う。
聖闘士ではない一個の人間としてのシュンは、もはや彼なしでは生きていけないだろうとも思う。
だが、シュンはアンドロメダ座の聖闘士でもあった――シュンはアテナの聖闘士なのだ。

アテナの聖闘士は、アテナと共に彼女が目指す平和のために戦ってこそアテナの聖闘士である。
聖域の聖闘士たちは、自分たちがアテナと共に在るものではないことが不安ではないのだろうか――と、シュンはそれが不思議でならなかった。
彼等もアテナの聖闘士であるはずなのに。
聖域という組織・機構――それは大きな力を持つ協同体であり、共同体である。
彼等には自分たちを統べる者が誰なのかということは大した問題ではないのだろうか。
彼等は、自分たちが安定した組織の中にいることの方が大事だと考えているのだろうか――?

組織の力が、戦いのみならず、あらゆる事業を成し遂げるために有効なものであることは、シュンにもわかる。
だが、その組織の構成員を結びつけるものは『アテナ』の存在であるはずである。
それとも、彼等は既にアテナを必要としていないのだろうか――?
シュンには、聖域にいる者たちの気持ちがどうしても理解できなかった。

しかも、その強大で安定した組織であるはずの聖域が、今は味方も数少ないアテナとその村を握り潰すことができずにいる。
あるいは、握り潰そうとしないでいる。
聖域は、聖域の教皇は、いったい何を考えているのだろう。
彼が、アテナの力を恐れているのか歯牙にもかけていないのか、そんなことすらわからない。
今のシュンにわかることはただ、アンドロメダ座の聖闘士が、他の誰にも増してヒョウガを傷付けたくないと願っていることだけだった。
アンドロメダ座の聖闘士が、そのためにならどんなことでもできる人間になってしまっているということだけだったのである。






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