「で、おまえは? 争いのない世界の実現を願うために、ここに来たのか?」
「僕は――」
氷河に問われたことに、瞬はすぐに答えを返すことができなかった。
そうだったような気もするが、そうではなかったような気もする。
「僕は……僕が何を願えばいいのかを知りたくて、ここに来たの。ここに来れば、それがわかるかもしれないと思った」

「わかったのか」
氷河が重ねて尋ねてくる。
瞬はそれには答えずに、
「氷河がいて、驚いた」
とだけ告げた。
瞬の答えを聞いた氷河が薄く――だが、深く微笑する。
「その可愛い顔をこんなに傷だらけにして、やっと辿り着いたのに、何を願えばいいのか わからないのか。まあ……そんなものかもしれないが」

「叶えられたらいいと思うことはあったような気がするんだけど……それはもう どうでもよくなっちゃったみたい」
氷河が生きて、ここにいる。
彼はもう死を考えてはいない。

『俺は、おまえのおかげで、俺の命が何のためにあるのかに気付くことができた』
氷河のその言葉が真実なら、神の力になど頼らなくても、瞬は氷河の心を変えることができたのだ。
だとしたら、他に何を望むことがあるだろう。
瞬の願いは、もうずっと以前に叶っていたのだ。
瞬は、つい先程とは違う意味で瞳の奥が熱くなり、だがここで氷河に涙を見せるわけにはいかないと考えて、顔を星空の方へと仰向けた。

「すごい星」
「ああ。ここは空に近いし、人工の灯りもないからな」
瞬に頷き返しながら、その実、氷河は星など見ていなかった。
ほのかな光の中に浮かぶ瞬の横顔。
氷河を生き返らせ、生まれ変わらせてくれた人の瞳。
その人が、今こうして自分の側にいてくれるのだ。
他に何を望むことがあるというのか。

「願いは……やっぱり、自分の手で叶えなくちゃならないんだろうね」
その人が言う。
迷いが消え去ったような、それでも迷い続けるのが人間だと開き直ったような、不思議な声音で。
氷河にとって、瞬は謎そのものの存在だった。
人の迷いは――死を求めるような迷いでさえ――簡単に消してみせるのに、瞬自身はいつも迷い続けている。

「俺に、おまえの願いが叶えられたらいいのに」
「氷河……」
「そして、俺の願いをおまえが叶えてくれたらいいのに」
「氷河の願いって……何?」

初めて二人の視線が互いを見詰め合う。
長いようで短く、短いようで長い沈黙のあと、二人はほぼ同時に口を開いた。
「瞬。俺は――」
「氷河、あのね……」

だが結局、二人はその先の言葉を口にしなかったのである。
やがて氷河が、
「――帰ろう」
と、瞬を促し、
「うん」
瞬は、短く彼に頷いた。

そこに満天の星だけを残し、ただ一つの願い事も残さずに、二人は、どんな願いも叶えられる奇跡の場所に背を向けたのだった。






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