「ともかく、今度ピーマンを残したら、次からあなたの食事はピーマン尽くしになると思いなさい。ピーマンだけのサラダ、ピーマンだけの野菜マリネ、ピーマンだけのチンジャオロースー、ピーマンだけの肉詰め、ピーマンだけの酢豚、ピーマンだけの煮びたし、ピーマンだけの野菜ジュース!」 「ピーマンだけのチンジャオロースーとかピーマンだけの肉詰めって、ただのピーマンだろ」 星矢の鋭い指摘は、残念ながら喧嘩に夢中の二人には聞こえなかったようだった。 しかし、星矢の指摘が聞こえなくても、氷河には沙織の言うメニューのおぞましさを直感で感じ取ることができたらしい。 彼は半分悲鳴のような怒声をあげた。 「俺に飢えて死ねというのかっ!」 ピーマンを食するということは、それほど重要にして達成困難な大事業なのだろうか? ――と、その場にいた氷河以外のすべての人間は訝ったのだが、氷河にとってはそうであるらしい。 生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされた氷河の言葉使いは、到底女神に対するそれではなかった。 「アレルギーを持ってるわけでもないくせに、ピーマンの5つや6つくらい大人しく食べなさい。あれは嫌だ、これは嫌だって、あなた、いったい幾つになったの」 「アレルギー持ちでなくても、嫌いなものは嫌いなんだっ。ピーマンを食べないことで栄養が偏るというのなら、他の食品で代用すればいいだけのことだろう。それくらい簡単なことじゃないか。それを考えるのが栄養士の仕事だ!」 氷河の攻撃の矛先が、職務に忠実な城戸邸お抱えの栄養士に向かうのに、さすがの沙織も呆れてしまったらしい。 沙織は、自力で氷河を説得することを諦め、それまで言い争う二人を切なげな目で見詰めていた瞬の方に、その視線を転じてきた。 「瞬。氷河に何とか言ってやってちょうだい。私の手には負えないわ」 「え?」 突然仕事を振られた瞬が、一瞬瞳を見開く。 が、さすがにアテナの頼みを拒むことはできなかったのだろう。 瞬は、憤懣やるかたなしと言わんばかりの形相をした氷河の前に おずおずと進み出て、あまり頼りにならなさそうな小さな声で、氷河説得にとりかかった。 「氷河、あの……あのね。ピーマンに限らず、食べ物って、それを育てた人の苦労や愛情がこめられているものだと思うんだ。お料理を作ってくれた人だって、メニューを考えてくれた人だって、『氷河がおいしく食べてくれたらいいな』とか、『氷河に健康でいてほしいな』って思って、食事の準備をしてくれてるんだと思う。氷河には、それに応える義務はないかもしれないけど、そんな依怙地に拒むこともないんじゃないかな。沙織さんだって、氷河のためを思って言ってくれてるんだよ。わかってるんでしょう?」 「……」 瞬の言葉に、氷河の怒りの感情が目に見えて薄らいでいく。 押しつけがましくない瞬の“ 「それに、ピーマンって、カロチンやビタミンCが豊富で、身体にもいいんだよ。確か、ピーマンのビタミンCは加熱しても壊れにくくて、だから、他のお野菜よりずっと効率的に身体に摂り入れやすいんだって聞いたことがある。ピーマンは、とっても優れものの お野菜なんだ。そんなに嫌わないであげてもいいんじゃないかな」 「……」 人情と実利の2本立てで説得してくる瞬の言葉には、反論を許す隙がない。 その上、瞬の態度はどこまでも 瞬が“弱者”ではないことを知っているだけに―― 「……食えるように努力はする」 氷河は決して、ピーマンの効用に敗北したわけではなかっただろう。 だが、氷河は最終的には、瞬の“命令”に従う意思を示した。 「うん」 瞬が小さく頷き、沙織はほっと安堵した顔になり、星矢と紫龍は苦笑。 その夜、沙織の許には、氷河がピーマン残さず食べたという報告が行ったらしかった。 |