沙織が突然、聖闘士たちによる『にらめっこ大会』なるものを開催すると言い出したのは、今からおよそ1ヶ月前のこと。
アテナの聖闘士たちは全員、問答無用の強制参加。
納得できる理由を添えた欠席届けを提出しない限り、大会出場を拒んだ者は聖闘士の資格を剥奪する――という厳しいお達しが、アテナの聖闘士全員に下っていた。
黄金聖闘士にはシードが適用されるが、白銀聖闘士・青銅聖闘士は1回戦から地道に勝ち上がっていかなければならず、勝者に与えられるものは、古代オリンピックの例にならって名誉のみ――という、大会出場者である聖闘士たちにしてみれば得るものの全くないイベントである。
その大会の開催が、いよいよ明日に迫っていたのだ。

「しかし、なんで にらめっこ大会なんだろうな。へたすりゃ千日戦争に突入しかねない奴等もいるわけだからバトルがまずいのはわかるけど、せめて、かけっことか、大食い競争とか、小宇宙の強弱が影響しない勝負事って、他にいくらでもありそうなもんなのにさ」
「大食い競争は無理だろう。今大会の参加者のほとんどは ものを食わない死人なんだから」
「あ、そっか」

十二宮での戦い・冥界での戦いを経て、青銅聖闘士以外のアテナの聖闘士たちは、その大部分が鬼籍に入っている。
それゆえに、アテナの聖闘士全員強制参加のにらめっこ大会は、冥界で開催されることになっていた。
――死人までが動員される、過酷なイベント。
そんなイベントの開催を企てた女神アテナ。
人類への愛と寛容を売りにしている女神の意図を、星矢たちは全く読めずにいた。

「沙織さんは、白銀聖闘士の立場を思い遣っている――のではないかと思う」
「白銀聖闘士?」
それは、紫龍が、人智を超えた女神の意図を懸命に探った末に無理矢理導き出した推察だったに違いない。
要するに、当てずっぽうである。
だが、それが根拠のないこじつけにすぎなかったとしても、人は自分が何らかの行為を為さなければならない時、そこに理由や目的を付して、自らの行動に意味を持たせたがる生き物なのだ。

「どうも、最近、聖闘士の関わるバトルでは、黄金聖闘士や青銅聖闘士ばかりが目立って、白銀聖闘士の影が薄いだろう? 数百年に一度の大イベントであるハーデスとの聖戦でも、目立ったのは黄金聖闘士と青銅聖闘士ばかりで、白銀聖闘士は活躍の場さえ与えられなかった。せいぜい琴座のオルフェが俺たちの行く手を遮る敵として現われたくらいで」
「白銀聖闘士って影が薄いかぁ? 魔鈴さんだの、シャイナさんだの、濃すぎるくらい濃いキャラばっかじゃん」
紫龍の意見に、星矢が正面から異を唱える。
「他に誰を憶えている?」
紫龍もまた、正面から星矢を問い質した。

「ミスティとかアルゴルとか――」
「他には」
「他? 誰かいたっけ?」
「……」
つまりそういうことである。
アテナの聖闘士たちの中で数だけは最も多い白銀聖闘士。
にも関わらず、実際に彼等と戦ったことのある星矢でさえ、その印象に残っているのはごく少数なのだ。
あとは推して知るべし、である。

「あの……僕の先生を忘れないで」
瞬に遠慮がちに言われた星矢は、即座に、
「忘れてないって!」
と答えたが、もちろん、それは仲間のための嘘だった。
星矢は、瞬の師の名が『ア』で始まるのだったか『ダ』で始まるのだったかということすら、憶えていなかった。

「確か、白銀聖闘士の中には、対峙する人間の心を読める奴がいただろう。そいつが、今大会の優勝候補の筆頭だ」
事情通を気取って そんなことを言う紫龍とて、優勝候補の筆頭である白銀聖闘士の名前を憶えていないのである。
“特別な人間”以外の者への無関心が得意技の氷河など、魔鈴やシャイナの名前は記憶していたが、彼女たちが白銀聖闘士だということすら、今の今まで忘れていたくらいだった。

もし、アテナが目的とするものが『白銀聖闘士の存在確認』であるならば、優勝は無理でも、彼等ができるだけ目立てるよう、少しでも彼等に勝機が与えられるようにと考えたアテナが、勝負の種目を『にらめっこ』にしたことも頷ける――というのが、紫龍の推察だった。
なにしろ、にらめっこは、笑われた方が勝利を得る勝負事なのだ。

「負けても笑っていられる戦いだし、いいんじゃない?」
『笑われた方が勝つ戦い』を、角の立たない表現に置き換えて、瞬は仲間たちに微笑を見せた。
沙織がこんなイベントを企画した真の理由はわからないが、アテナの命令は絶対である。
誰を傷付けることもないレクリエーションに、瞬は存外乗り気だった。

にらめっこ大会の会場が冥界となると、この大会には冥府の王の協力を得ているということになる。
かつては敵対し合っていた神の協力を得たイベントは、地上の平和をアピールするもので、決して悪いことではない。
瞬は、そう考えていたのである。






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