「誰かを嫌っていることを態度や言葉に表せる人って、そうすることで自分が誰かを傷付けることを恐れない、自分ひとりでも生きていけるっていう自信を持った強い人なんだろうと、僕は思った。そういうことができるレダが恐かったし……羨ましくもあった」
「なるほど」

瞬らしい感じ方・考え方だと、紫龍は思ったのである。
瞬が人を傷付けることを嫌うのは、事実はどうあれ、瞬が 自分自身を――ひいては人間全般を――一個の生き物としては弱い存在だと思っているからである。
弱い人間は、一人では生きていけない。
だから、支え合い助け合うべき人間たちが傷付け合うことを、瞬は、ほとんど本能的・直感的に厭うのだ。

「で、おまえは自分の心をどう解決したんだ」
結局瞬はレダに自分を好きになってはもらえなかったのだろうから、幼い瞬はどこかで自分の心に折り合いをつけなければならなかったろう。
仲間に嫌われている自分を容認するために、瞬はどういう考えを抱き、どういう行動をとったのか。
紫龍は、そこに非常に興味をひかれた。

――が、幼い瞬は、どうやら自分で自分の心を整理することはできなかったらしい。
彼は、彼の現在の仲間に 軽く肩をすくめてみせた。
「いったい僕の何がいけないのかって悩んでいたら、先生が、僕のこと強い子だって褒めてくれたんだ」

「褒めてくれた?」
主に瞬と紫龍とで進められていた会話に、星矢が横から口をはさんでくる。
星矢は正直、 瞬の師の意図がわからなかった。
瞬の話を聞いている限り、当時の瞬はその身に強さのかけらも備えておらず、傷付くことしかできない弱者だったようである。
当時の瞬のどこが強かったのか、星矢にはわからなかった。

星矢の疑念を当然のことと思ったのだろう。
瞬は 苦笑混じりの笑みを口許に浮かべた。
「うん。『人は自分が誰かに嫌われてると感じたら、大抵は自分もその相手を嫌いになるものだ』って言って、そうしない僕を、先生は褒めてくれたんだ。先生は、レダが僕を嫌いだと公言するのは、レダが自分に自信を持っているからじゃなく、逆にレダが弱いからなんだ――って、僕に教えてくれた」

『相手に嫌いだと言われる前に、先に相手を嫌いだと言い、自分でもそう信じ込む。それは保身の一種だ。自分が嫌いな相手に嫌われることに、人はさほど つらさを感じないようにできているからな。レダは、自分の心を守るために、おまえに嫌われる前におまえを嫌おうとした。おまえは、おまえの心を守るために、おまえ自身もレダを嫌ってしまうことができるんだぞ。だが、おまえはそうしない。おまえは強い子だ。人は――自分を嫌っている相手を嫌ってしまったら負けなんだ』
瞬の師は、瞬にそう言ったのだ。
『レダは、自分がおまえのような子に好かれるタイプの人間ではないと、勝手に決めつけてしまったんだろう。だから、おまえに嫌われる前に、先に自分がおまえを嫌いになろうとした』
――と。

瞬はその時、師が語る言葉の意味を 完全には理解できなかったのである。
『僕はレダのこと 嫌ってなんかいません。どうしてレダはそんなふうに思い込んじゃったの。そんな思い込みで人を嫌ってたら、レダの周囲は、そのうちレダの嫌いな人ばっかりになっちゃいませんか。レダはそれで寂しくないの?』

もしかしたら それは、師の言葉の意図を正しくめていない、頓珍漢な返答だったかもしれない。
だが、瞬の師は、瞬の理解の足りなさを指摘するようなことはしなかった。
今にして思えば、瞬の師はあの時、自分の心より仲間の心の方を心配する彼の弟子の態度を 非常に好ましいものと感じていたのだ。
『だから、レダのようなタイプの人間は、周囲の人間と一緒になって共通の敵を作りあげ、“敵の敵は味方”という理屈で 人とつるむんだ。もちろん、そのつながりはまがいものだ』

『そんなの悲しい……』
『それでも孤独や孤立よりましだと思うんだ、弱い人間たちは』
瞬の師は、レダのそういう生き方を決して“よし”としているわけではないようだった。
だが、自分が生きるために必死の思いで身につけた手段を、子供に変えさせることは至難の技だということも、彼は承知しているようだった。
彼は、それ以上はレダのことには言及せず、穏やかな微笑を作って、その手を瞬の頭の上に置いた。

『瞬、おまえは強い子だと思う。今のまま変わらなければ、おまえはもっと強くなれるだろう』
『今のままで……ですか?』
自分が今のままでいて強くなれるはずがない。
もちろん瞬は師の言葉を信じたかったが、それは安易に信じられるような言葉ではなかった。
瞬は、自分を この島で最も弱い人間だと思っていたのだ。

瞬の考えを、瞬の師はその時には正そうとはしなかった。
彼はただ、再びその目許に微笑を刻んで、彼の小さな教え子を見詰めただけだった。
『そのうち、おまえにもわかる。本当の強さというものがどんなものなのか』
『本当の強さ……?』
『そうだ。私は、同じことをレダにもわかってほしいのだが、あの子は自分を強い人間だと信じ込んでいるから、それはかえって難しい。あの子は一度、誰かに完膚なきまでに負ける経験をした方がいいのかもしれないな……』

アルビオレの言葉は、数年後、アンドロメダの聖衣の所有権を争う決定的な場面で現実のものとなった。
そうして、アンドロメダ座の聖闘士の称号と その聖衣は、『いつまで経っても甘い奴だ』とレダに軽侮され続けていた瞬のものになったのである。






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