結局、ヒョウガの求婚は不首尾に終わった――らしかった。 だが、ヒョウガは、なぜ不首尾だったのかが わかなかったのである。 リビュアの領主の言うことは、まるで要領を得なかった。 断るなら、その理由を言えばいいだけなのに、彼は『当家には嫁に出せるような娘はいない』の一点張り。 リビュアの領主は、彼の妹を国王の寵姫として差し出すつもりでいるのではないかと、ヒョウガはそんなことまで考えたのである。 スキュティアの領主を袖にしても損にならない相手というと、ヒョウガには他に思い当たる人物がいなかった。 リビュアの領主の頑迷の理由がわかったのは、ヒョウガがリビュア訪問から帰った日の夕刻のことだった。 セイヤが、先日手を貸したリビュアの馬車の御者が都に帰ろうとしているところを掴まえて、事情を聞き出してきたのである。 「ヒョウガ! あれは領主の妹じゃなかった」 ヒョウガの私室に息せき切って飛び込んできたセイヤは、開口一番にそう言った。 堅苦しい正装を解いたばかりだったヒョウガが、星矢の慌てぶりに不吉なものを覚える。 「妹じゃない? では、やはり彼女はリビュアの領主が妻に迎えるつもりの相手……だったのか?」 正式に求婚すれば、よほどのことがない限りスキュティアの領主の願いは実現する――そう信じて、リビュアの領主との会談の約束をとりつけた日からずっと、ヒョウガは、彼女の夫になった自分の姿を思い描き続けていた。 それだけに予想と全く違ってしまった現実に、彼は混乱していたのである。 考えが悪い方にばかり向かうのは、致し方のないことだったろう。 ヒョウガは、自分が口にした言葉のせいで、激しい嫉妬に苛まれることになった。 が、セイヤが入手してきた情報は、ヒョウガの予想を超えて はるかにとんでもないものだったのである。 セイヤは、聞いて驚けと言わんばかりに、その事実を大声でがなりたてた。 「違う。 「なにぃ !? 」 聞いて、ヒョウガは蒼白になった。 あの花のような面立ちの持ち主がまさかと思う一方で、納得できるところがないでもない。 潔癖な少年の貌と肢体と言われれば、“彼女”の様子はまさにそれだった。 となると、スキュティアの領主の求婚は相手のいない頓珍漢極まりないものであり、悪ふざけと思われれば幸運、最悪の場合、リビュアに対する侮辱、へたをすると敵情視察のための奸策と取られても弁明の余地のないものだったことになる。 彼女の兄に剣を抜かれることなく無事に帰ってこれただけでも御の字と言わざるを得ない事態だったのだ。 「どう考えても、非はこちらにある。誤解を解くか」 セイヤのあとからやってきたシリュウに問われたヒョウガは、力なく 首を横に振った。 どの面をさげて、そんなことができるというのだろう。――できるわけがない。 「そんなことをしたら、ますます あの男の怒りを買うことになりそうだ。男を女と見間違えたなどと正直に詫びを入れたりしたら」 「うん。そーなんだよなー。わりーことしたなー」 「あ……ああ」 ショックを受けていることを隠さなければと、ヒョウガは、痛みを覚えるほどに嗄れた喉を鞭打ち、必死の思いで口を開いた。 「し……しかし、領民たちの対立はどうにかしなければならんぞ。今年の春小麦の収穫はまもなく始まる。そして、すぐに秋小麦の播種。去年のような騒ぎだけは起こしたくない。領民の怒りを静めるために騎士たちに剣を抜かせることは不本意だ」 ヒョウガは懸命に、領地と領民を憂う領主の顔を作ろうとしたのだが、それはあまり上手くできてはいなかったらしい。 「……」 疑い深げな目を向けてくるセイヤとシリュウの前で、ヒョウガは大いにうろたえることになった。 「それはもちろん、母の思い出の場所でもあるし、もともとリビュアは母経由で俺が継ぐべき土地だったんだ。取り返したい気持ちは消えてはいないが、今の俺の第一の目的は領民の安心だぞ」 「まあ……そういうことにしとくけどさ。マザコンもいい加減にしろよ」 セイヤが首を振り振り、一応納得した意を示す。 ヒョウガは、セイヤに気付かれぬように ほっと安堵の息を洩らした。 本当の目的を彼等に悟られずに済んだ――と、ヒョウガは思った。 しかし、“本当の目的”が男だったとは、あまりといえばあまりな現実である。 今にして思えば、あれは ほとんど一目惚れだった。 母にも似ていないのになぜ? と訝り、その時に初めて、ヒョウガは彼女――彼――と、自分の母が実は非常に似ていることに気付いたのである。 似ているのは、二人の瞳――だった。 自らの悲しみや寂しさをひた隠して、相手に優しくしようと努めている人間の眼差し。 ヒョウガが心惹かれたものは、シュンのそれだった。 恋した人が男とわかっても、気持ちが冷めない。 どうすればいいのかが、ヒョウガにはわからなかった。 |