「マ……母の話を、あんなに優しい目をして聞いてくれたのは、シュンが初めてだ」
「内心では呆れてたに決まってるだろ。領民たちの不仲の改善策とか、話し合うべきことはいくらでもあったのに、延々とマーマの話をしてたなんて、おまえ、ほんとに なに考えてんだよ!」
セイヤに頭から怒鳴りつけられても、ヒョウガはなかなか夢の世界から現実に戻ってくることができずにいた。
スキュティアの領主のマザコン振りに、シュンは呆れてなどいなかった――と思う。

『ヒョウガは本当にお母様を愛してらしたんですね。ヒョウガのお母様なら、とても美しい方だったんでしょう? 僕は、生まれてすぐに母を亡くして母のことはほとんど憶えていないので、ヒョウガがとても羨ましいです』
マザコンのスキュティアの領主に、シュンは、羨むような目をして そう言ってくれた。
面倒な領地経営の話などを繰り広げていたら、少なくともシュンに『ヒョウガ』と名前で呼んでもらえるほど親しい間柄にはなれなかったに決まっているのだ。
『今は――せめて僕たちだけでも仲良くしましょうね』
別れ際にシュンに告げられた 実に可愛らしい言葉に、ヒョウガはくらくらと目眩いを覚え、本当に倒れてしまいそうだった――。

いつまでも夢の世界を漂い続けているヒョウガに、セイヤとシリュウは、ほとんど同時に同じ長さの溜め息を洩らすことになったのである。
「おい、ヒョウガ。おまえ、どう見ても あの弟君に惚れてるようにしか見えないぞ!」
シュンに図星をさされて、ヒョウガは大いに慌てることになったのである。
そして、彼は現実の世界に戻ってきた。
「な……何を言っているんだ。あれが男だと教えてくれたのはおまえだろう」
ヒョウガにしては常識的な反論の空々しさに、シリュウは我知らず眉をひそめることになった。

「まあ、なんだ。おまえくらい内と外で違いのない男もないな」
「単純馬鹿とでも言いたいのか」
「おまえはどういうわけか、世間では切れ者で通っている。世の中の奴等はみんな、おまえよりずっと利口で小ずるいからな。自分がそうだから おまえもそうに違いないと思うせいで、奴等はおまえの単純さを信じ切れず、おまえに得体の知れなさを覚えるんだ」

ヒョウガが権謀術数の渦巻く宮廷に出仕せず 領地経営に専心しているのはよいことだと、彼の友人たちは常日頃から思っていた。
人には向き不向きがあり、生きるにふさわしい場所というものがある。
だからこそ、シュンが、ヒョウガには似つかわしくない場所からやってきた人間だということが、彼等に懸念を抱かせるのだ。

「おまえの趣味をとやかく言うつもりはないが、相手が悪すぎるぞ」
「おまえの恋する弟君の兄上は、おまえと正反対の価値観と行動様式を持った男だ。いや、義と法を通して、正しい王位に現在の王を就けるのに尽力し、王の側近として辣腕を振るえるのは、ある意味 真正直で信念があるからなんだろうが、そのやり方が半端でなく苛烈らしい。敵も多いし、異例の出世を妬む者も少なくないようだぞ」

「……」
セイヤとシリュウの忠告の意図はわかるのだが、それがシュン個人とどう関係があるのだと、恋する男は思ったのだった。






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