瞬が立案し、沙織が実行に移した一大プロジェクト。
その成果を見届けるために 青銅聖闘士たちが聖域に向かったのは、それから1週間ほどが過ぎた10月吉日のことだった。

聖域で、まず最初に訪問者を迎える白羊宮。
素通りするのも何なので、とりあえず宮の奥に向かって声をかけてみた星矢たちの前に、まもなく憔悴しきった姿を現したのは、牡羊座アリエスのムウだった。
他の誰にも為し得ない聖衣修復の技を持ち、聖域が偽教皇に支配されていた頃には、そのやり方に疑問を抱いて聖域を離れていた、言ってみれば、己れの判断力と力を信じ、長いものに巻かれることを潔しとしない正義の士――である。

その彼が、彼の守護する宮の奥から登場し、4人の青銅聖闘士たちにかけた言葉――声。
それは、
「ンメェ〜、ンメェ〜、ンメェ〜」
という、どう聞いても羊の鳴き声――だった。
青銅聖闘士たちは揃って目を剥き、そして絶句してしまったのである。

瞬が沙織に提案したのは、
「黄金聖闘士たちの言葉が互いに通じないようにしてみたらどうでしょう」
という、ごくあっさりしたものだった。
つまり、黄金聖闘士たちの共通語であるギリシャ語を、彼等に解することができないようにしてみたらどうかと、瞬は沙織に提案したのである。
よもやまさかアテナが、その提案を実行に移すのに、こういう言語を用いるとは。
それは提案者の瞬にさえ、考え及ばないことだった。
星矢たちはムウの「ンメェ〜、ンメェ〜、ンメェ〜」に仰天することになったのだが、彼等の驚きは、当然 白羊宮だけのことでは済まなかったのである。

「ンメェ〜、ンメェ〜、ンメェ〜」の白羊宮の隣りの金牛宮では、タウラスのアルデバランが「ンモー、モー、モー」という威勢のいい声で、星矢たちを迎えてくれた。
双児宮ではジェミニのサガが、「だのたっましてっなうどいたっいはしたわ!」と、聞いたことのない国語を用いて騒いでいる。
巨蟹宮では、キャンサーのデスマスクが「ブクブクブクブク」と泡を吹かせ、獅子宮では、レオのアイオリアが「ウォーン、オンオン」と困惑の咆哮を木霊させていた。
処女宮では、バルゴのシャカが「ポッポッポッ」、天秤宮では、ライブラの童虎が「グラグラピタッ」という意味不明の音を響かせ、天蠍宮ではスコーピオンのミロが「カサコソカサコソ」と乾いた砂の上を走る昆虫の足音で何かを訴えようとしている。
磨羯宮では、カプリコーンのシュラが「メーメー」と山羊の声で鳴き、宝瓶宮では、アクエリアスのカミュが「トポポポポ」、双魚宮では、ピスケスのアフロディーテが「チャプチャプスイスイ」と水音のような声を、その喉から吐き出していた。

ムウの「ンメェ〜、ンメェ〜、ンメェ〜」の衝撃が大きすぎたせいか、青銅聖闘士たちは、あまりに予想通りだったアルデバランの「モーモー」にはあまり驚くことはなかった。
アテナ神殿に続く道すがらにある十二宮を通りすぎるにつれ、青銅聖闘士たちの驚愕は薄れていったのだが、それにしてもこれは尋常ならざる事態である。
まさに、旧約聖書にある通りの混乱バラルが今、聖域に具現されていた。






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