「右の手の平に星の印のあるシュンって、おまえのシュンのことじゃないのか」
ローマの司令官がいなくなった牢の中で、セイヤは彼の仲間を振り返った。
「シュンという名のたくましい男など知らん」
ヒョウガが、ローマの司令官へのものよりも愛想のない答えを、同胞に返してくる。
「そりゃ、シュンは見た目はたくましくないけど、強いじゃん」
「たくましくはない」

言いたいことだけを繰り返すヒョウガに、セイヤは肩をすくめることしかできなかった。
あのローマ軍の隊長が言った『シュン』がシュンのことだったとしても、ローマ人にシュンの所在を知らせて良いことが起こるはずもない。
知らせてやる義理がないのも事実である。

「しっかし、こんなことになるとは……。シュンを連れてこなくてよかったな。村の方はどうなってるか――」
「シュンがいるから大丈夫だろう」
「そりゃ、シュンが判断を間違えることはないだろうけど、あの頑固な長老たちがシュンの指図に従うかどうか」

セイヤの心配は至極尤もなことだった。
ブリトン族の村には、ローマがブリテン島にやってくるまではよかったと昔話ばかりを繰り返し、そのくせ ローマの武力に対しては“長いものには巻かれろ”的な考えを持つ厄介な老人たちがいる。
部族の王として、ヒョウガはシュンを王の代理人に指名して戦いに出たのだが、若すぎるシュンに彼等が大人しく従うかどうかは、大いなる疑問だった。
シュンほどの判断力や決断力を有していないくせに――それどころか、最初から何も決断するつもりがないくせに――彼等は文句を言うことだけはできるのだ。

「シュンの奴、心配してるぞ」
「無茶をしなければいいんだが」
基本的にヒョウガはシュンの判断には絶対の信を置いていたが、それは二人が連携し合っている時だけのこと。
シュンの冷静な判断は、ヒョウガが暴走するからシュンは冷静にならざるを得ないという相関性によって生み出されるものだった。
シュンは、時折、普段の冷静さからは考えられないような無鉄砲をすることがあり、それは必ず、ヒョウガが彼の側にいない時に生じる事態だった。
そして、今がまさにその時なのだ。

――ヒョウガの懸念は的中した。
翌日、ヒョウガは、彼が閉じ込められている牢の中で、彼の村を任せてきたはずのシュンに出会うことになってしまったのである。






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